Ⅰ 精神科病院アドボケイトによる権利擁護
(制度の効果)
効果は、次の3点とする。
①入院者によって表示された意思を擁護する立場の人をいれることで孤立を防ぐ。
②入院者が精神科病院の外部のアクターとつながるための契機となる。
③精神科病院に外部の目を入れることで風通しをよくし医療の適正化につなげる。
(名称)
〇 制度の名称は、次の点に留意して決められるべきである。
・意思決定支援は、「障害福祉サービスの利用等にあたっての意思決定支援ガイドライン」、「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」、「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」など複数のガイドラインに定めがある。それぞれ同一の用語が別の趣旨で用いられており、混乱が見られる。そのため、意思決定支援とは別の名称を検討すべきである。
・権利擁護は、機能として明確に打ち出すべきではあるが、名称として用いると漠然としてしまう。また、法的救済や成年後見などの他の業務との区別が付きにくいため別の名前を検討すべきである。
・日本語では「精神科病院訪問」などのわかりやすい名称がよい。
〇 実働する人の名称は、「精神科病院アドボケイト(仮称)」とする。
(対象者)
〇 精神科病院入院者で、自発的入院・非自発的入院の別を問わない。
・カリフォルニア州の公的権利擁護及び権利保護法では、患者が非自発的入院をする場合に患者毎に一人以上の権利擁護官を設定しなければ非自発的入院させることはできないという仕組みを採用している。しかし、この制度は日本で実施すると米国と違って形骸化した運用になる可能性が高い。
・非自発的入院だけを対象とすることは問題がある。大前提として精神保健福祉法の非自発的入院は身体の自由を制限する権利侵害という側面がある。その権利侵害をやめるのではなく、権利侵害されている状況を前提としながら、一方で精神科病院アドボケイトが権利擁護するという図式はいびつに思えてならない。「権利擁護なんかしなくていいから、権利侵害をやめてくれ」ということになる。
・非自発的入院それ自体の問題と精神科病院アドボケイトの必要性の問題は切り分けて考えられるべきである。自発的入院であっても精神科病院アドボケイトを必要とする人がいる。
(精神科病院アドボケイトの業務)
〇 次の各号に掲げる精神科病院への訪問とする。
①精神科病院への定期的な巡回訪問。
②入院者の求めに応じた訪問。
(※①は精神科病院への予告なしとすることが望ましい。)
〇 精神科病院アドボケイトは、入院者の話しを聞く。
〇 精神科病院アドボケイトは、複数のアクターと協議する際に入院者によって表示された意思を擁護する立場でかかわる。
〇 精神科病院アドボケイトは、直接支援をしない。但し、入院者からの個別の要請・契約を妨げるものではない。
〇 直接支援とは、ケアマネジメント、訴訟代理、介護、看護などのことである。精神科病院という閉鎖的環境における精神科病院アドボケイトの役割は、外部との接点を作ることである。仮にアドボケイトが直接支援を抱え込むことになれば、入院者は外部との接点を持てなくなり兼ねない。
(訪問体制)
〇 2人1組を想定する。但し、1人での訪問を妨げない。
(精神科病院アドボケイトの担い手)
〇 精神科病院アドボケイトは、入院者に対して精神科病院の外部とのつながりを作ることが目的である。また、精神科病院の外部からの訪問により風通しをよくし、医療の適正化につなげることも目的である。よって、精神科病院アドボケイトの担い手は、精神科病院の外部と言えるかどうかが関心になる。
〇 精神科病院の外部と言えるかどうかは、精神科病院内部である入院先精神科病院管理者及び担当医師、その他の職員等から影響を受けるかどうかを判断基準とする。
・例えば、次に掲げる者は、精神科病院アドボケイトになることができないと考えられるべきである。
①当該医療保護入院者に同意を与えている家族。
②当該措置入院者の通報にかかわった家族。(※家族が110番通報したことで、かけつけた警察官が23条通報して措置入院になった場合など。)
③入院先の病院に紹介状を出した医師。
④入院先医療機関の職員。
⑤同一法人の別医療機関の職員。
⑥担当の相談支援専門員及び介護支援専門員。
⑦顧問など契約関係にある弁護士。
・加えて、医師、看護師、現に医療保護入院者に同意を与えている家族等は、精神科病院アドボケイトになったとしても適正な業務遂行が困難であると考えられる。
・入院者と利益相反関係にある人は、精神科病院アドボケイトの個別訪問をすることができない。
(何をしてはいけないのか)
〇 精神科病院アドボケイトは、意思決定支援をおこなわない。
・障害者総合支援法第42条及び第51条の22では、事業者等に意思決定支援の配慮義務がかされている。意思決定支援は、同ガイドラインにおいて最善の利益について判断することが想定されているため、本制度の趣旨と相入れない部分がある。
(精神科病院アドボケイトによる情報提供)
〇 精神科病院アドボケイトは、入院者への情報提供をおこなうことができる。
〇 入院者の求めに応じて情報提供することが前提である。
・CP換算値、630調査等による統計データ、職種と役割、精神医療審査会、指導監督制度、患者会の情報などの社会資源にかかわる情報は、入院者の求めによらなくとも紹介できるようにした方がよい。)
・逆に入院者に求められても情報提供が不可能なものとしては、公序良俗に反する情報、治療方針にかかわる情報(※医者の役割であるため。)、他の入院者の業務上知り得た秘密などが考えられる。
・脱走に係る情報や薬を呑んでいないことをバレずに済ます方法などについては、公序良俗に反する情報には該当しない。
〇 必要に応じて相談支援事業所、弁護士、他医療機関等の機関を情報提供する。
〇 精神科病院アドボケイトから入院者に情報提供することもあり得るが、どのような判断基準で情報を選んで提供するのかについて議論が必要である。
(実施主体)
〇 実施主体は、都道府県・政令市とする。
〇 事業は、委託を可とし委託を基本とする。
(財源)
〇 障害者総合支援法の都道府県地域生活支援事業の必須事業を財源とする。
〇 設置にあたっては、国による補助金があったほうがよい。
(センター(仮称)について)
〇 センター(仮称)を設置する。
・センター(仮称)は、原則として都道府県単位とし、必要に応じて複数設置を認める仕組みが望ましい。
〇 センター(仮称)は次の業務をおこなう。
・センター(仮称)は、精神科病院アドボケイトを派遣する。
・センター(仮称)の事務局は、相談を受け付ける機能をもつ。
・センター(仮称)の事務局は、病院からの連絡を受け付ける機能をもつ。
・センター(仮称)は、精神科病院に対する助言をおこなうことができる。その場合、指導監督制度、虐待防止法等の関連制度との役割のちがいを踏まえて当該所轄と連携していくことが望ましい。なお、深刻な虐待事件等については、地方精神保健福祉審議会を始動すべきである。
・センター(仮称)は、研修にかかわる事務をおこなう。
・センター(仮称)は、精神科病院アドボケイトの登録事務をおこなう。
(協議の場)
〇 都道府県・政令市に1件の協議の場を設置する。
〇 病院と精神科病院アドボケイトが協議して解決するチャンネルが必要である。
(精神科病院アドボケイトの登録)
〇 研修の受講のみとする。
〇 研修は一段階とし、簡易なものを想定する。但し、合理的な根拠があれば二段階を否定するものではない。
(ピアサポートの活用)
〇 事業所によるピアサポーター一本釣り雇用スタイルからの脱却を目指す。
・当事者団体に所属する当事者の参加を基本とする。
・当事者団体から地方精神保健福祉審議会の構成員を採用していく必要がある。
カリキュラム
科目名 時間数 内容 講義
1. アドボケイトの理念 1h 必要性、理論、基本的な考え方
2. 各地の活動の歴史 4h 精神医療人権センター、当事者団体、自立生活センター、弁護士会による当番弁護士、地域生活支援の取り組みなどの歴史
3. 演習1 2h
4. 職種の可動範囲 3h 弁護士、福祉職、医療職、家族会組織、当事者団体、行政、法務局
5. 制度 5h 憲法、障害者権利条約、医療制度、精神保健福祉法、障害者総合支援法、生活保護法、訴訟制度
6. 精神疾患と対話 2h 精神疾患の種類、治療の種類、コミュニケーション
7. 演習2 4h 事例を用いたグループワーク
8. 実習 4h
(制度化する意義)
制度化には、メリットとデメリットがある。メリットは、全国的な展開が可能になることである。デメリットは、システム化されることでボランティアのような自由な取り組みが実践されにくいことである。当初は、もっとも先進的な取り組みと同水準でなければ制度化する意味がないのではないかという慎重論もあった。しかし、地域によっては、何の権利擁護の仕組みもないところもあるため、全国展開は必然であると考えられるようになっていった。よって、制度化するデメリットよりも制度化するメリットが上回る。
Ⅱ 精神科病院アドボケイトに外在的な権利擁護
1.基本的な考え方
権利擁護は、精神科病院アドボケイトにとどまらず、もっと幅広くとらえられるべきものである。また、精神科病院アドボケイトは、入院者に対して精神科病院の外部との接点をつくっていくコンタクトパーソンになることが目的の一つである。外在的な権利擁護機能を理解する意義が大きい。
2.司法救済
〇 司法救済については、次の方策が考えられる。
・弁護士会による当番弁護士制度(弁護士会の予算が財源)。
・人身保護法の活用。
・訴訟。
〇 総合法律支援法を見直し、退院等の請求などへの助成の範囲を拡大する。
3.監視
〇 指導監督制度の活用。
〇 障害者虐待防止の見直しに向けた検討を再開し、精神科病院を含む医療機関等を通報義務のスキームの対象にすること。
4.処遇
〇 医療相談、医療事故調査制度。
〇 退院等の請求や処遇改善請求。
5.重度訪問介護をはじめとする障害福祉サービス等の活用
〇 24時間見守り・意思決定支援・コミュニケーション支援ができる重度訪問介護が入院中に利用できる。
6.地域移行
〇 相談支援専門員による地域相談。
〇 訪問系サービスなどの活用。
〇 所得保障。