日本弁護士連合会への意見書
日頃より障害者施策の推進に尽力をくださり、心より敬意を表します。
私たち全国「精神病」者集団は、1974年に結成した精神障害者の個人及び団体で構成される全国組織です。
精神保健福祉法は、精神障害者の強制を含む入退院手続きを定めた法律であり、私たち精神障害者の生活に大きく関わるものとして強い感心をもってまいりました。加えて、この度の改正は、相模原事件の再発防止策として提案されるものであり、趣旨に犯罪防止が明記された点などで従前の改正とは質の異なるものであると考えております。
こうした医療及び保護を犯罪防止のためにしようとする法改正は、措置入院制度の構造に内在した問題が起因して生起させた議論であると考えます。これら非自発的入院制度は、障害者権利条約の観点から総点検されなければなりません。
つきましては、声明の作成に際しては、措置入院制度自体に内在した問題と相模原事件再発防止策の関係、障害者権利条約の趣旨に言及したかたちで声明を作成してほしいと強く希望します。
1.犯罪防止のための法改正であることを医療及び保護のための法律の改正の趣旨に明示的に採用したことは問題である
本改正では、措置入院制度が大幅に見直され、すべての措置入院者に退院後支援計画を策定し、計画の実施状況等を精神障害者地域支援協議会において把握することとされました。なお、精神障害者地域支援協議会の代表者会議は、警察関係者を構成員とし、措置入院者が退院後に転居した場合には、転居先の地方自治体が計画の実施状況の把握を引き継ぐこととされています。厚生労働省によると居住地のある地方自治体が措置入院者を把握することは、継続的な医療提供のためとされています。しかし、相模原事件の再発防止策として提言されたことを鑑みると、容疑者を入院させておけば、事件に至らなかった、あるいは、医療を提供すれば事件を起こさなかった、という論点を含意していることは明確であると考えます。
2.鑑定・判決を待たずして疾病と行為を結びつけて再発防止策を示したことは司法軽視である
容疑者は、何らかの精神障害があったと目されていますが、疾病と行為の因果関係は不明であり、相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チームの最終報告書がとりまとめられた2016年12月8日の段階では、鑑定留置の結果さえ不明でした。しかし、本来なら事件の全容は、裁判によって明らかにされる者であり、こうした政策プロセスは、司法を軽視したものです。
3.こうした改正議論を生起させたのは、措置入院制度の構造に内在した問題に起因するものである
措置入院制度に治安を担わせる再発防止策が論点として生起したのは、措置入院制度の構造に内在する問題に起因したものと考えます。措置入院は、「おそれ」という未来予測をもって入院させる制度であるが、未来予測は、科学を持ってしてもなお不可能な領域とされています。しかし、措置入院制度は、精神保健指定医が「おそれ」を見立てられると仮定して成り立っています。
しかも、運用では法的予見可能性のような限定的なものと異なり、精神保健指定医に対して広く恣意的な判断が許容されています。このような広く恣意性を許容した制度の下においても完全に他害等を防ぐことはできません。ところが、起きたときには未来予測が可能であるという建前に立脚した責任が発生するため、なぜ防げなかったか、という論点が立てられてしまいます。とくに措置入院相当とされる人が犯罪事件をおかした場合には公的責任が問われうることになります(北陽病院事件等)。そして、再発防止策として措置入院の拘束力を引き上げる議論が生起し、医療の充実というかたちで治安的機能を引き入れた改正が繰り返し行われていくことになります。
このような循環構造は、不可能な未来予測を可能であるかのように偽るところから始まった矛盾に起因するものです。そのため、措置入院が適切に医療のために機能していればよいという次元の問題ではなく、この構造が維持され続ける限り、これからも治安を内包していく制度であり続けることを意味します。なにか事件が起きるたびに精神医療の充実がとなえられ、精神医療が治安を抱きかかえていく構造、これ自体を批判し得なければ同じ問題が繰り返されていくことになります。なので、再発防止策が生起した原因の見立てには、措置入院制度の構造上の問題がそうさせている、ということについて言及してください。
4.非自発的入院制度は、障害者権利条約に基づき総点検されなければ同様の問題は繰り返されていくことになる
障害者権利条約では、精神保健福祉法の非自発的入院が第12条、第14条、第15条、第17条、第19条、第25条など複数の条文にまたがって違反している可能性が指摘されています。とりわけて、障害を理由とした人身の自由の制約の禁止を規定した第14条は、精神障害者であることを理由とした非自発的入院制度を明確に否定していると考えてよいと思います。なので、日弁連「障害者権利条約の完全実施を求める宣言」に基づき非自発的入院制度を障害者権利条約に基づき総点検することについて言及してください。
2017年3月6日