京都ALS嘱託殺人事件・山本被告の判決に対する緊急声明

 私たち全国「精神病」者集団は、1974年5月に結成した精神障害者個人及び団体で構成される全国組織です。
 さて、2023年12月19日、京都ALS嘱託殺人事件の公判で、京都地方裁判所は山本被告に対して懲役2年6か月の判決を言い渡しました。山本被告が林優里さんの殺害に関与した事実が認められ、責任の重さから執行猶予なしの実刑判決が言い渡されたことはよかったです。一方で懲役2年6カ月の刑罰は、事件の悪質性に対して軽い印象があり、山本被告が犯行を否認したことで、殺害の動機などが最後まで明らかにならなかったことは残念に思います。
 さて、判決文には、①林優里さんがALSに罹患しており、日々自らの命を絶つことを望みながら病状上それをなし得ず、その手段として他者に殺害を依頼するほかなかったこと、②被害者が苦痛なく死亡したとうかがわれることなどから量刑を軽くするように酌んだと書かれています。これについては、ALSの人の生活を鑑みたものとは考えられず、誤った理解が流布していくこと及び、本事件に対する裁判所の態度という意味で大久保被告の裁判にも影響するのではないかと深刻に憂慮します。
 判決文では、「日々自らの命を絶つことを望みながら病状上それをなし得ず」や「被害者にとっては他に命を絶つ手段がなかったにせよ」など、あたかも林優里さんが恒常的に死を望んでいたかのような印象になっています。林優里さんは、ALSの治癒を心から望んでおり、支援者も熱心に取り組んでいました。被告人らの働きかけがなければ、いずれは前向きに生きる方向に思いを向けていただろうし、被告人らの働きかけがあった段階でさえ生きる希望をもっていたことへの理解が乏しいと言わざるを得ません。近年、ALSの人に限らず、苦しいときや辛いときの状況を「死にたい」と表現することが珍しくなくなってきています。被告人らの行為は、被害者の苦悩のつぶやきに乗じて本当に死にたい気持ちにさせるよう教唆し、その上で承諾を得て殺人をおこなったものと見たほうが適当ではないかと考えます。また、林優里さんが少ない苦痛で死亡したのは、医療の知識を用いて殺害をした悪質性の結果なのであって、それを踏まえると苦痛の程度だけを取り出すかたちで量刑に酌むことも適切ではないと考えます。
 このような量刑の酌み方は、つまるところ“障害があったから量刑を軽くした”ということに収斂していくわけであり、障害者の人の命が軽んじられるようで看過できません。ついては、来年1月から始まる大久保被告の公判及び大阪高等裁判所における二審では、上記を踏まえて適切な量刑が判断されることを望みます。

【別紙】論点整理

◆判決の量刑の部分(箇条書き)
1 事実
・有印公文書偽装の事実
・嘱託殺人の事実
2(1)犯行様態
・計画性がある。
・悪質性がある。(医療の知識の悪用)
2(2)酌むべき事情
・真摯な嘱託に基づく犯行である。
・他の嘱託殺人とは同列に扱えない。(ALSに罹患し自殺するにも他者の手が必要なものを対象としている)
・苦痛なく死亡した。
3(1)責任と非難
・生命を守る立場の医師が殺人をおかしたこと。
・金銭目的で犯行に及んだこと。
・医師の立場を利用したこと。
・ろくな診察を経ず、主治医や親族に秘密にして殺害に及んだこと。
3(2)被告人個別の事情
・大久保と共謀した事実がある。
4 結論
・被告人の責任は重い。
・執行猶予なしの実刑が相当。
・殺人懲役13年を踏まえると2年6カ月が相当。

◆量刑の論点

〇自然死を装い、犯行の発覚を疑われることなく犯行を完遂するため、事前に用意した薬品を慰労に注入して被害者を殺害しているところ、その計画性は高いうえ、医師としての知識を悪用している点で悪質な犯行態様といえる。

→悪質性の根拠は、計画性と医師としての知識の悪用の2点である。

〇被害者は、ALSに罹患しており、日々自らの命を絶つことを望みながら病状上それをなし得ず、その手段として他社に自らの殺害を依頼するほかなかったことがうかがわれるのであって、このような被害者の真摯な嘱託に基づいた犯行は、自殺幇助に近い側面もあり、そのような状況にない者を被害者とする他の嘱託殺人の事案と同列に扱うことは相当でない。

→林優里さんが「自らの命を絶つことを望みながら病状上それをなし得なかった」というのは事実に反する。林優里さんは、ALSの治癒を心から望んでいたし、支援者は熱心に取り組んでいた。被告人らの働きかけがなければ、いずれは前向きに生きる方向に思いを向けていただろうし、被告人らの働きかけがあった段階でさえ生きる希望をもっていたと考えられるべきである。近年、ALSの人に限らず、苦しいときや辛いときの状況を「死にたい」と表現することが珍しくなくなってきている。被告の行為は、本当に死にたいわけでもない被害者のつぶやきを本当に死にたい気持ちにさせた上で、承諾を得て殺人をおこなったと解したほうがALSの実情を鑑みると適当ではないかと考える。その意味では、自殺ほう助に近い嘱託殺人などではなく、自殺教唆からの承諾殺人という側面をもった事件であると見なければならない。

〇また、被害者が苦痛なく死亡したとうかがわれることも、量刑上相応に酌むべき事情というべきである。

→一般論として殺害の手段と被害者に与えた苦痛の程度は量刑の判断基準となり得る。しかし、本件において林優里さんが少ない苦痛で死亡したのは、医療の知識を用いて殺害をした悪質性の結果であることを踏まえると量刑に酌むべき理由にしてはならないと考える。なぜなら、被告人の犯行は、医療の知識を用いた殺害であって、悪質性が判決の中で認められている以上、その結果として少ない苦痛で死亡したのであれば、その部分を取り出して量刑に酌むべきではないことが明らかであるからである。

〇嘱託殺人については、被害者にとっては他に命を絶つ手段がなかったにせよ、被告人らは、医師という立場にありながら、その日会ったにすぎない被害者を、わずか15分程度の間に、ろくに診察することもなく、主治医や親族等にも秘密裏に殺害に及んでいる。

→診療行為の手続きを経ていないことに係る非難は不要かつ不適切である。判決では、被害者と被告人との間に診療関係があった場合を仮定し、通常の診療手続きを経ていない点を非難する書きぶりとなっている。これでは、あたかも被害者と被告人との間に診療関係があったかのような誤解を与えかねない。本件は、診療行為の延長線上の殺害とは異なり、見ず知らずの人間が医師の立場を利用して殺害したものに過ぎない。よって医療行為の文脈に位置付けられ得るような見解を入れ込むことは適当ではない。(医療問題から切り離して理解するべき。)

〇「被害者は、ALSに罹患しており、日々自らの命を絶つことを望みながら病状上それをなし得ず、その手段として他者に自らの殺害を依頼するほかなかった」「被害者にとっては他に命を絶つ手段がなかったにせよ」

→刑事法制上は、自殺自体の違法性がないと考えられているものの、自殺とは判断能力の低下に伴う精神及び行動の障害と位置付けられており、医療によって避けられるべき事象とみなされている。自殺しようとする者を見つけた場合には、誰でも通報できることになっており、通報後に2名の精神保健指定医が自傷及び他害の恐れがあると判断した場合には都道府県知事の処分によって入院措置を講じることとなっている。このことを踏まえると「自殺をしたくてもできない」といったかたちで自殺ができることが通常の人間であるかのような書きぶりは違法・違憲を疑わざるを得ない。

◆刑法の同意殺人について
・刑法の同意殺人には、同意様態に応じて自殺教唆、自殺幇助、承諾殺人、嘱託殺人の4類型が存在する。自殺教唆は、自殺したくなるようにマインドコントロールして自殺させること、②自殺幇助は自殺志願者が自殺するための手伝いをして自殺させること、③承諾殺人は加害者が殺人をしたいと被害者に持ち掛けて承諾を得て殺すこと、④嘱託殺人は、被害者から殺してほしいと加害者に持ち掛けて加害者が応じて殺すこと、となっている。本来は、自殺教唆による承諾殺人と見たほうが実態にあっている。この点については、嘱託殺人事件として公訴するとしても、「真摯な嘱託」の判断にかかわるため見逃せない。

精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究に対する会長声明への公開質問状

小林・福井法律事務所
弁護士 小林元治 様

 晩秋の候、貴社ますますご盛栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。全国「精神病」者集団は、1974年5月に結成した精神障害者個人及び団体で構成される全国組織です。
 日本弁護士連合会(以下、「日弁連」とする。)は、2023年9月7日付けで「厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業 精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究-報告書-に対する会長声明」(以下、「会長声明」とする。)が公表されました。会長声明では、「本報告書の提言に基づいた内容となることについて強く懸念を表明するとともに、改めて、弁護士等も関与した上で、『身体的拘束のゼロ化』を推進するための議論を広く公開の場で行うことを求める」とあり、要件見直しに係る告示改正を慎重に進めることを求めた内容となっています。
 さて、会長声明は、「精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究報告書」の位置付けや内容に対する誤謬・誤読を含んだものとなっていますが、そのことはさておき、次の重要な点についてのみ、疑義がありますので僭越ながら質問をさせていただきたくお手紙をお送りいたしました。会長声明においては、2022年10月19日付「厚生労働省『地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会』報告書の身体的拘束要件の見直しに対する意見書」が「告示130号の拙速な改正に反対した」ものであると位置づけられています。しかし、繰り返し読み返しても、2022年10月19日付意見書が“拙速な改正に反対した文書”であると読むことは不可能でした。2022年10月19日付意見書は、あくまで「患者の治療困難性」を要件に入れることに反対したものとなっています。これでは、2022年10月19日付意見書に書かれていない内容を、この度の会長声明によって後から意味づけし直しているわけであり、極めて悪質で操作的な内容と言うほかありません。2022年10月19日付意見書は、どこをどのようにして読めば「告示130号の拙速な改正に反対した」と言えるのか、他の論点に先駆けて、まずはこの点について、ご回答をお願いします。誠に勝手ながら2023年大晦日までに回答をください。
 以 上 

精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究に対する会長声明への見解

 全国「精神病」者集団は、1974年5月に結成した精神障害者個人及び団体で構成される全国組織です。
 日本弁護士連合会(以下、「日弁連」とする。)は、2023年9月7日付けで「厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業 精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究-報告書-に対する会長声明」(以下、「会長声明」とする。)が公表されました。会長声明では、「本報告書の提言に基づいた内容となることについて強く懸念を表明するとともに、改めて、弁護士等も関与した上で、『身体的拘束のゼロ化』を推進するための議論を広く公開の場で行うことを求める」とあり、要件見直しに係る告示改正を慎重に進めることを求めた内容となっています。
 このような主張は、第210回臨時国会で成立した障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議とも整合するものと考えています。その一方で、精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究報告書(以下、「報告書」とする。)の位置付けや内容については、誤解・誤読によるところも大きいように感じています。全国「精神病」者集団としては、日弁連の要件見直しに係る告示改正を進める基本的な姿勢を評価するとともに、下記の箇条書きの通りに、報告書に対する誤謬を指摘し、告示改正のための議論の一助にしていただきたいと思います。

1 原告告示と比較する観点の欠如
 報告書の内容は、様々な団体の意見を反映したものであり、全国「精神病」者集団の主張が全て反映されたものではありません。そういう意味で報告書のコンセンサスは、不十分なものであると評価しています。会長声明も報告書のコンセンサスを不十分であると評価しており、その点で見解は一致します。
 しかし、報告書のコンセンサスが不十分であるとしても、それだけでは告示改正(案)の賛否を決める根拠にはなりません。賛否を決めるためには、政府の告示改正(案)が公になり、更に現行告示と比較して前進させるものなのか/後退させるものなのかという観点から精査していく必要があります。
 会長声明は、報告書の不十分な点を指摘しているだけに過ぎず、現行告示と告示改正(案)を比較する観点が欠如しています。そして、それなのにもかかわらず、どういうわけか会長声明では賛否に係る内容にまで言及しています。本来は、報告書と告示改正(案)は切り離した上で議論しなければならないはずです。

2 要件の見直しに係る意見の誤謬
 会長声明は、おおむね①切迫性要件の説明書きに「おそれ」と言う予防を示唆する文言が使用されていること、②一時性要件の説明書きに時間的な限定がないため、医師の主観に委ねられており、「必要な期間」という文言と相まって要件緩和の恐れがあること、③現行告示には、隔離の部分にしか記載がない身体合併症等への対応について具体的な言及があるため、事実上の対象拡大になり得ることを理由に不適切な身体的拘束をかえって広く認めることになるとしています。
 しかし、全国「精神病」者集団としては、最も核心となる「三要件がひとつでも欠如した場合は解除することの遵守事項への明示」が報告書のコンセンサスに至っているため、少なくとも現行告示よりも後退することはないと考えています。また、報告書は、「三要件を欠いた場合には速やかに解除する」とあり、現行告示の「できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする」よりも強い書きぶりであることから身体的拘束を減らすことができると考えています。
 仮に会長声明の主張のとおり、切迫性要件及び一時性要件、身体合併症の書きぶりに問題点があるのだとしたら、その部分さえ削除できれば反対する理由はなくなるはずです。ならば、本来今すべき行動は、告示改正(案)が出る前段階から報告書への批判を通じて告示改正に向けた意見を出していくことであり、そのような観点から意見を出していくべきだと思います。

3 後付け的な「拙速な改正反対」のポジション取りについて
 日弁連が2022年10月19日に公表した意見書は、患者の治療困難性を要件に入れることに反対をしており、結果として報告書においても、患者の治療困難性という要件は使われないことが決められました。
 しかし、2023年9月7日付の会長声明では、2022年10月19日付意見書のことを「告示130号の拙速な改正に反対した」ものであると位置づけています。繰り返し読み返しましたが、2022年10月19日付意見書には拙速な改正に反対したと読むに足る文面が見当たりません。これは、2022年10月19日付意見書に書かれていない内容を、この度の会長声明によって後付けで上書きするかたちになっており、極めて問題があると考えています。

4 告示の行政法上の位置付け
 告示は、法規命令ではなく、行政規則です。これは、令和2年12月16日名古屋高等裁判所金沢支部判決(以下、「大畠判例」とする。)においても同じで、法規命令であるとの立場に立たずに、従来の解釈を踏襲しています。告示は、国民の権利義務に関係しない行政組織内部における命令とされており、行政手続法上では指導監督制度に係る行政指導指針であるとの見方が一般的です。しかし、会長声明では、あたかも告示が国民の権利義務に関係する法規命令であるかのように誤解している節があります。あくまで告示は、行政規則なのであり、その上に存在する不文法を含む法律・条理・判例・慣習のほうにこそ問題があるわけです。
 また、会長声明には、「現行法上は許容されていない強制治療を、告示の改正によって潜脱的に許容する結果となる」と書かれていますが、ここで「現行法上許容されてない」と言い切るだけの根拠はありません。確かに精神保健福祉法には強制医療の手続き規定はありませんが、少なくとも条理・判例においては強制治療が限定的に許容されてきました。法曹団体ならば、事実に反する不適切な表現は避け、あくまで「現行告示に書かれていないことが書き込まれる」などと適切な表現で現状を言い表すべきと考えます。

5 選考過程と公開性
 会長声明には、「本報告書の作成については、提言したメンバーの選考過程やその審議経過についても不透明であり、専門的な人権保障の観点からのアプローチや公開性が欠如しており問題がある」と記されています。しかし、選考過程については、「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」報告書のとおり、「今後、多動又は不穏が顕著である場合という要件を見直すに当たり(中略)調査研究等により(中略)検討を深めていくことが必要」と記されていることからも、当該検討会のメンバーが中心になることが想定されることがわかります。
 また、公開性については、そもそも学問・研究の過程を公開する必要があるのかどうかについて日本国憲法に定められる学問の自由との関係から法曹としての慎重な見解が示されるべきではないかと考えます。
 もちろん、シンクタンクを隠れ蓑にして政策エビデンスが構築され、その過程を知る術もないまま、それらが公にされる頃にはすでに決まっているという感覚はわからなくもないです。ただ、その一方で、我々は成果物に反映させるために政策の動向を調べて要望を出すことができます。言い換えれば要望を出していない団体の意見は成果物に反映しようがありません。少なくとも、これまで要望を出していない団体がプロセスだけを取り出して公開性や透明性を論じたとしても全く説得力がありません。日弁連は、団体として意見をまとめて発信していくためにも、当事者団体をはじめとする他団体との意見交換を積極的にしていくことが先決だと思います。

 以上、この間の日弁連の会長声明等は、いささか目を覆いたくなるほど、調査不足と政策リテラシーからの逸脱が散見され、法曹団体としてあるまじき文面構成と言わざるを得ません。今後は、きちんと当事者団体である全国「精神病」者集団とも綿密な意見交換をおこなうなどして、法曹団体に恥じない意見書等の公表を切に願います。

成年後見制度の見直しに係る民法改正に向けた院内集会

 法務省は、これまで当事者団体が要求してきた成年後見制度の見直しに係る民法改正の検討について、成年後見制度利用促進基本計画(第二期)に則って着手しました。さて、成年被後見人権利制限適正化法案の附帯決議には、障害者権利条約初回政府審査に係る総括所見(勧告)を踏まえた法制度等の見直しが明記されており、この度の検討においても最重要テーマの一つになっています。この間の検討は、高度に法学的な議論であるため、私たち当事者の間でも浸透していませんが、本来は私たち当事者の生活に直接かかわる問題ではないかと思います。現在、検討において課題になっている事項などをわかりやすく理解していくとともに、障害者権利条約初回政府審査にかかわる勧告の実現を求めていくため成年後見制度の見直しに係る民法改正に向けた院内集会を開催します。

日 時:2023年11月28日・11時30~13時30分
場 所:衆議院第二議員会館第3会議室
    Zoomによるハイブリット(ID 965 0393 6779  パスコード 269591)  

プログラム:
   主催者挨拶 障害者権利条約に整合した民法改正
    桐原尚之さん (全国「精神病」者集団)
   基調 成年後見制度の見直しに係る民法改正の検討の状況
    上山 泰さん (新潟大学教授)
   指定発言
    鎌田松代さん 公益社団法人認知症の人と家族の会・代表理事
    認定NPO法人DPI日本会議から1名(調整中)
    日本障害者協議会から1名(調整中)

主催:全国「精神病」者集団 (協力:成年後見制度を見直す会)
後援:公益社団法人認知症の人と家族の会、日本障害フォーラム(依頼中)、認定NPO法人日本障害者協議会、全国自立生活センター協議会、全国精神障害者団体連合会、日本ピアスタッフ協会(依頼中)、一般社団法人精神障害当事者会ポルケ、大阪精神障害者連絡会

障害者基本法改正に係る全国「精神病」者集団の意見

日本障害フォーラム政策委員会 御中

全国「精神病」者集団として障害者基本法改正に係る意見を次の通りまとめましたので提出します。

◆趣旨
◯精神障害条項は、医療条項の中に入れて精神医療の一般医療への編入を旨としたものに変えたらよいと思います。
◯成年後見については、成年後見制度という単語を使わずに制度の趣旨のみを書き、趣旨に照らして、成年後見制度を含む法制度のあり方を見直すという観点が含みこまれるようなかたちでの書きぶりにした方がよいと思います。

◆書きぶりに係る提案
例1;個別の条文で担保するスタイル。(※文章は現行法をベースにしています。)

(相談)
第〇条 国及び地方公共団体は、障害者の意思決定の支援に配慮しつつ、障害者及びその家族その他の関係者に対する相談業務、権利擁護、その他の障害者の権利利益の保護等のための施策又は制度が、適切に行われ又は広く利用されるようにしなければならない。
2 国及び地方公共団体は、障害者及びその家族その他の関係者からの各種の相談に総合的に応ずることができるようにするため、関係機関相互の有機的連携の下に必要な相談体制の整備を図るとともに、障害者の家族に対し、障害者の家族が互いに支え合うための活動の支援その他の支援を適切に行うものとする。
3 国及び地方公共団体は、障害者の意思決定の支援に資するため、制度の見直しを含む必要な施策を講じなければならない。

(保健及び医療)
第◯条 国及び地方公共団体は、障害者が障害を理由に分け隔てられることなく適切な保健及び医療が受けられるよう必要な施策を講じなければならない。

例2;勧告への対応をまとめて列挙するスタイル。
(障害者基本計画等に基づく政策の見直し)
第〇条 政府は、障害者基本計画等やその他関連する法令等に基づき次の各号について必要な措置を講じなければならない。
 一 初回政府審査に係る総括所見に基づく法制度の見直し
 二 精神科病院への非自発的入院制度の見直し
 三 成年後見制度のあり方等の見直し
 四 などなど

例3;見直しに係る検討の条文に限り、附則で詳細を担保し、それらを障害者政策委員会が監視できるようにするスタイル。

例4;個別の条文に見直しのロードマップを含めてきていする。この方法には、消極的である。いつ改正されるかわからない基本法に廃止すべき政策の枠組みを規定したくない。しかし、この方法によることなく、具体的な見直し作業を法律成文で担保することは難しい。どうしたものか。

◆その他
身体的拘束については、当面の課題として告示改正や報酬誘導による仕組み、医療計画指標例による評価が必要である。入院者訪問支援をはじめとする入院者の権利擁護の仕組みについてもなんらかの言及が必要と考える。

市町村における精神保健福祉業務等に関する要望書

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部
精神・障害保健課長 小林 秀幸 様

 日ごろより精神障害者の地域生活、施策にご尽力くださり心より敬意を表しております。
さて、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会では、構成員から精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第47条の見直し及び保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領の見直し、精神保健福祉センター運営要領の見直しを求める意見が出されました。また、地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会報告書では、市町村における精神保健福祉相談業務の強化がまとめられ、それに対応したかたちで精神保健福祉法が改正されました。現在、市町村における精神保健に係る相談支援体制整備の推進に関する検討チームにおいて具体的な実施体制についての検討が進められています。
 これらが障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」とする。)の趣旨を鑑みたものとなるように、下記のとおり意見を申し上げます。

(1)横断的な視点
① 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第47条の見直し
 精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会では、構成員から精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第47条の見直しを求める意見が出されました。第193回通常国会に提出された精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律(案)には、同法第47条が見直され退院後支援計画が明文化された経緯があります。この見直しは、「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の報告書を契機としたものであり、精神障害者と犯罪と結びつける偏見が助長され、医療現場が治安的に歪められてしまわないかと批判の声が高まりました。市町村における精神保健福祉業務が地域における監視にならないようにしてください。

② 社会モデルの観点
 障害の社会モデルとは、「障害は個人ではなく社会にある」という考え方のことです。この場合の個人/社会の二項対立には、いくつかの位相があると言われており、障害の原因は個人ではなく社会にあるいう原因の位相と、障害に伴う不便の解消は個人の責任でおこなうのではなく、社会の責任でおこなうべきとする責任の位相などがあります。

③ 過剰な医療化への防止策
 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」とする。)第3条では、国民の義務として「精神的健康の保持及び増進に努める」ことが規定されています。また、精神医療には、検査所見等から明らかになることが少なく、長期にわたる観察や社会関係等から医師が病理を特定するという特徴があります。ともすれば医師の主観に依拠することになるため恣意的になりがちで、治療が不要な人まで治療をしてしまう事例が散見されます。真に必要でない人を精神医療につなげないようにするためのスクリーニング・クリアリング機能をワンストップの中に位置付けることが必要です。

(2)保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領の見直し
 保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領の見直しにあたっては、次の点に留意されるようお願い申し上げます。

①退院後支援
 保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領の中に退院後支援やそれを示唆する内容を書き込まないでください。精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係るガイドラインを作成する場合には、退院後支援やそれを示唆する内容を書き込まないでください。

②障害者権利条約
 保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領は、障害者権利条約の趣旨(とくに同条約第5条及び第25条)を踏まえてください。

③予防、早期発見
 精神保健福祉法上は、予防の定義が不明です。しかし、1930年代に内務省がすすめてきた富国強兵政策では、民族優生を達成させるために精神障害者等に対する①隔離(精神病院等の拡充)、②結婚制限、③人工妊娠中絶、④断種(不妊手術)が必要であるとしており、精神衛生法はその系譜を受け継いだかたちで成立したものとなっています。
 しかし、保健所主導型の精神障害者支援は、障害者運動の思想と相反するものがあります。予防、早期発見の取り組みは、学校や家庭、職場といった生活空間を医学モデル的に変質させています。わたしたちは、障害があっても地域で生活していくための支援こそ求めており、障害福祉サービス等の利用を中心とした市町村主導にするべきであると考えます。

④ 当事者参画
 団体育成の部分には、患者会が明文化されていますが、連携すべきアクターの中に当事者団体やピアサポーターが明文化されていません。連携すべきアクターの中に当事者団体やピアサポーターを入れてください。

⑤ 人材育成
 人材育成にあたっては、当事者団体とのパートナーシップの組み方に係る能力という観点を明文化してください。

⑥ 保健所の強制力
 保健所には、危機介入的訪問等の強制力を行使する機能があります。このような制度の行使は、精神障害者にとってトラウマ経験になることが多いものです。

(3)精神保健福祉センター運営要領の見直し
 精神保健福祉センター運営要領の見直しにあたっては、次の点に留意されるようお願い申し上げます。

①退院後支援
 精神保健福祉センター運営要領の中に退院後支援やそれを示唆する内容を書き込まないでください。

②障害者権利条約
 精神保健福祉センター運営要領は、障害者権利条約の趣旨(とくに同条約第5条及び第25条)を踏まえたものであることをわかるようにしてください。
 以 上 

精神医療審査会マニュアルへの意見書

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部
精神・障害保健課長 小林 秀幸 様

 日ごろより精神障害者の地域生活、施策にご尽力くださり心より敬意を表しております。
 現在、精神医療審査会マニュアルの見直しが進められております。これらが障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」とする。)の趣旨を鑑みたものとなるように、下記のとおり意見を申し上げます。

(1)精神医療審査会制度の限界と今後
 このたびの精神医療審査会運営マニュアルでは、予備委員の増員により精神医療審査会の開催頻度を増やすこと、書類審査だけではなく実地審査を基本とすることで本人の状態をみて判断できるようにすること、医療委員以外の委員を増員することなど、一定の改善が見込まれてはいるものの、大きな変化は期待できないと考えます。
その理由は、精神医療審査会が精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」とする。)の中に位置付けられており、同法の目的である医療及び保護、社会復帰の観点から退院等の請求及び処遇改善請求、定期報告を審査することになるからです。同法の目的自体が医学モデル的であり、その意味では顕著な人権侵害を除いて医学的に入院が不要なことが明らかなケースにしか認容の余地がありません。精神医療審査会制度の守備範囲を明確にすることを通じて、過度な期待をもたらすことがないように配慮する必要があります。
 また、根拠法である精神保健福祉法は、将来的に廃止し、障害者権利条約初回政府審査に係る総括所見の勧告に基づき、一般医療の枠組みにおいて精神医療審査会にかわる監視のしくみを構築してください。

総括所見の抜粋
32. 主観的又は客観的な障害に基づく非合意の精神科治療を認める全ての法 規定を廃止し、障害者が強制的な治療を強いられず、他の者との平等を 基礎とした同一の範囲、質及び水準の保健を利用する機会を有することを確保する監視の仕組みを設置すること。
34. 障害者団体と協力の上、精神医学環境における障害者へのあらゆる形態の強制治療又は虐待の防止及び報告のための、効果的な独立した監視の仕組みを設置すること。

(2)精神医療審査会の運営について
 合議体は、3人で開催できるようにするなど体制をコンパクトにして速度重視にすべきではないかと思います。人数を増やしても質が向上することにはならないのではないかと考えます。

(3)研修
 研修の実施を要求します。障害者権利条約や社会モデルのことを入れる必要があります。

(4)当事者委員について
 当事者の役割は、あくまで退院等の請求や処遇改善請求を出す入院者の主張の擁護でなければならないと考えます。しかし、精神医療審査会は、形式的には医療内容や顕著な手続き違反の審査ではあるものの、結果として入院者の請求内容の審査とも表裏一体になっているため、入院者の主張に対して、入院相当であるとか、退院相当であるとか、当事者が第三者的な立場で審査をすることになります。このようなかかわりは、当事者性になじまないのではないかと考えます。その一方で社会モデルの観点から意見を述べるなどの当事者のかかわりが馴染む場面もあり、今後の議論が必要です。
いずれにしても、あるべき監視機能については、精神医療審査会の評価を含め現行の仕組みを前提にすることなく、自由な発想で、当事者を交えて議論をする必要があります。
 以 上 

診療報酬及び障害福祉報酬の改定に関する要望書

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部
精神・障害保健課長 小林 秀幸 様

 日ごろより精神障害者の地域生活、施策にご尽力くださり心より敬意を表しております。
 現在、診療報酬及び障害福祉報酬の改定作業が進められております。これらが障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」とする。)の趣旨を鑑みたものとなるように、下記のとおり意見を申し上げます。

Ⅰ 診療報酬について
(1)外来診療
外来の継続を報酬で評価できるようにしてください。また、オンライン診療の導入を報酬で評価できるようにしてください。

(2)入院医療
報酬体系を他科と同様のものに近づけるようにしてください。例えば、人員等については、結核病床入院基本料や障害者施設等入院基本料を含む他科と同様の入院基本料7:1を創設し、人員の配置を報酬で評価できるようにしてください。
加えて、重症度医療看護必要度判定の導入をはじめ、施設基準を他科と同様の体系にしてください。

(3)悪質な回転ドア問題への歯止め
悪質な回転ドア問題に歯止めをかけるべく、地域移行(転院・転科を除く)に係る加算を充実させるとともに、地域生活の期間が一定下回る場合には減算する仕組みを導入してください。

(4)非自発的入院及び長期入院
非自発的入院及び長期入院が報酬で助長されないようにしてください。早急に精神科救急の非自発的入院6割要件は廃止してください。
また、長期入院需要の受け入れ先が郊外の大規模な病院であることが多いため、精神療養病棟入院料を将来的な廃止を視野に入れつつ大幅に引き下げた上で、一定の病床数を越えている病院には減産を適用する仕組みを導入してください。
てください。
入院基本料25:1以下を廃止してください。

(5)措置入院者退院支援加算
 措置入院者退院支援加算は、対象を任意入院にまで拡大し、入院者退院支援加算へと改めてください。

(6)不適切な身体的拘束等をゼロにするための取り組み
現行の診療報酬の仕組みは、行動制限を促進するきらいがあるため、行動制限を縮減するような報酬上の仕組みを導入する必要があります。
身体的拘束管理及び隔離管理は、要件を満たさない場合に減算する仕組みを定めてください。また、身体的拘束の理由を切迫性・非代替性・一時性の三要件ごとに診療録に記載をしなければ減算する旨の要件を定めてください。

Ⅱ 障害福祉サービス報酬改定
(1)ピアサポート加算
ピアサポート加算は、訪問系サービスなどにも拡大してください。また、ピアサポート加算の要件である障害者ピアサポート養成研修のカリキュラムは、経験の活用だけではなく立場に基づくピアサポートという観点からブラッシュアップを推進してください。

(2)共同生活援助
共同生活援助の中は、実体的に施設と変わらないところが少なからずあります。共同生活援助については、大規模型(定員20人以上)を報酬の対象から除外してください。また、共同生活援助から独居に移行した場合には、福祉の切り捨てにならないように留意しつつ、居住支援協議会連携加算をはじめとする報酬で評価する仕組みを導入してください。

(3)療養介護における同性介助の推進
 療養介護においては、他事業と比較しても同性介助が浸透していないと評価せざるを得ません。同性介助を推進するための体制整備を報酬で評価する仕組みを導入してください。
 以 上 

2024年4月1日施行の精神保健福祉法に関する要望書

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部
精神・障害保健課長 小林 秀幸 様

 日ごろより精神障害者の地域生活、施策にご尽力くださり心より敬意を表しております。
 さて、昨年秋の臨時国会で精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」とする。)が改正され、2024年4月1日の施行に向けて準備が進められております。
 これらが精神障害者の生活に係る法制度が障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」とする。)の趣旨を鑑みたものとなるように、下記のとおり要望を申し上げます。

(1)医療保護入院の期限
省令に定める医療保護入院の期限は、3か月以下としてください。現在、障害福祉計画に係る国の指針や精神医療審査会の事務量などを鑑みると6か月が妥当との見方が濃厚ですが、入院基本料のいわゆる90日ルールや障害福祉計画に係る国の指針を踏まえて3ヵ月としてください。

(2)医療保護入院の告知
 障害者権利条約、自由権規約第9条に係る一般的意見第35号、被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)に依拠したかたちで告知される仕組みにしてください。また、告知する内容としては、法律上の入院形態に加えて、診断やその根拠となる所見が含まれるようにしてください。

(3)家族等の首長同意による医療保護入院
首長同意は、市町村による家族等の不同意の捏造が起こらないようにしてください。滝山病院問題においては、所沢市が連絡の取れる家族に対して「音信不通である」と偽って首長同意にして、生活保護受給の上で医療保護入院させていたことが発覚しました。現在、所沢市は逮捕監禁罪で告訴されています。滝山病院問題の反省を踏まえたものにする必要があります。

(4)精神医療審査会運営マニュアルの改正
期限制度の導入に伴う精神医療審査会の事務量増加を鑑みて、審査会の事務を円滑にするような精神医療審査会運営マニュアルの改正をしてください。

(5)虐待防止
 障害者虐待防止法第31条に基づく間接的防止措置については、障害者権利条約や社会モデル(人権モデル)に係る内容を研修に入れること及び、当事者を講師にすること(映像コンテンツ含む)を強く推奨してください。
障害者虐待防止委員会には、利害関係のない外部委員として法律家や当事者を複数名いれることを推奨してください。
2024年4月1日施行の法第40条の8に基づく調査及び研究については、フレッシュエアなど国際人権法に基づく最低限の基準が満たされているかどうかを明らかにする内容を含むこと、処遇と虐待のグレーゾーンとみなされがちな通報についても事例の収集をおこなうこと、調査で明らかになった事例を研修に反映させることをしてください。
 そして、障害者虐待防止法のスキームとして通報があった場合の処理については、市町村としての処理と都道府県の処理とそれぞれを整理してください。また、精神科病院における虐待の通報に係るデータは、同法第40条の8の調査及び研究に丸投げせずに、障害者虐待防止法の枠組みでも引き続き補足する範囲を決めてデータ収集を行えるようにしてください。
 以 上 

附則第3条の検討に係る研究班への要望書①

 本調査は、附則第3条及び立法の意思である附帯決議に対応していくにあたって必要となる政策エビデンスを調査によって明らかにすることを目的に含んだものである。よって、附帯決議の内容を大きく逸脱することがないように注意して研究を遂行していく必要がある。

 地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会(以下、「検討会」とする。)では、国際比較や他科と手続きを区別する合理性の有無などが今後の検討の論点としてコンセンサスを得ている。検討会においてコンセンサスが得られた事項については、研究を遂行する上で計画段階から踏まえられる必要がある。また、検討会においてコンセンサスが得られた事項については、研究班の関係者に周知を徹底させて欲しい。

 本調査は、基本的に精神保健福祉法に基づく措置入院及び医療保護入院(応急入院と任意入院を含む)、医療観察法に基づく鑑定入院及び入院処遇といったすべての非自発的入院を対象とすべきである。少なくとも、附帯決議には精神保健福祉法に加えて医療観察法が明示されており、射程に含まないわけにはいかないと考える。

 附帯決議の「精神疾患の特性を踏まえる」の部分については、読み方に注意が必要である。附帯決議には、障害者権利条約の初回政府審査に係る総括所見を踏まえた法制度の見直しについて言及がある。ここの言及は、法案審査においても特に重要な意味を有しており、厚生労働大臣の答弁とも相まって最も留意すべきものである。同総括所見の基本的な考え方は、機能障害を理由に他の者と区別する制度、慣行を禁止する措置を締約国に求めるというものである。よって、この場合の「精神疾患の特性を踏まえる」とは、精神障害という機能障害を取り上げて他の者と区別する観点から精神疾患に特化した議論を示唆するものとは読んではならず、精神障害者の置かれた社会の状況や社会的偏見の傾向など社会的障壁にフォーカスを当てていく社会モデルの視角を踏まえたものと読む必要がある。

⑴ 実態調査班――当事者調査
 当事者調査の目的と方法、使途については、確認が必要である。当事者調査は、非自発的入院に係る当事者が体験した事実と、それへの評価に係る主観の双方に接近しながら課題を抽出することを目的としている。調査方法は、聴き取りによる質的調査である。聴き取り対象者は、非自発的入院をめぐって人生になんらかの影響を受けたと考えている当事者団体に所属する精神障害者である。聴き取り対象者には、医療保護入院をした経験に加えて、その経験への評価を言語化する必要があり、そうなると専ら自らの経験を相対化し、言語化する取り組みをしている者が適格性を有する。なにより、当事者活動を媒介にしたインタビューイとインタビュアーの関係だからこそ、安心した環境下で率直な経験談を集めることが可能となり、調査の目的に適うものとなる。抽出された課題は、量的調査の参考として活用することになる。但し、量による一般化を経ずとも政策の課題であることは留意されたい。
 調査及び分析の視角は、障害者権利条約の基本的な考え方として知られる障害の社会モデルである。社会モデルの理論は、障害学の蓄積に依拠する。聴き取りは、対象者数を増やすなど事実としての客観性を高めつつも、社会モデルの視角を用いた障害当事者同士の対話構築によっておこなう。
 障害当事者同士の対話構築は、障害者権利条約に基づく障害当事者参画と決して無関係ではない。国連障害者の権利に関する委員会は、一般的意見第7号パラグラフ11において、障害者を代表する団体をについて障害者権利条約を推進する責務を負う市民社会であると定義している。こうした立場に拘束された障害当事者がかかわって対話を構築していくことは、インタビューイが経験した事実とそれに対する評価の語りを、障害者権利条約や社会モデルの観点から構築することを促し、ひいては附帯決議が示唆するような政策と規範的に整合したものにしていくことが可能となる。
 分析は、言説分析を中心とし、社会モデルの視角によっておこなうこととする。なお、対象のサンプリングは、おこなわない。事実に対する解釈とその正当性にこそ重きを置く必要があると考えるからである。

⑵ 実態調査‐家族調査
・当事者調査と同様に、調査及び分析の視角は、障害者権利条約の基本的な考え方として知られる障害の社会モデルに依拠して、調査の目的に照らして行われるのが望ましい。
・家族の立場から当事者についての考えを巡らせたものと家族自身についての考えをわけた形でのヒアリング調査が行われるのが望ましい。

⑶ 国際比較調査班
・現在、IDAや障害者権利委員会では、障害者権利条約を実効性のある政策に体系立てるための検討が課題となっている。障害者権利条約は、世界的にも蓄積の薄い領域である。それゆえに日本政府が世界に先駆けて率先して取り組むことの意義は極めて大きい。言い換えれば、G7等の欧米諸国が政策として実施できていないからといって、それを口実に日本政府が政策を実施しないようなことはあってはならない。
・国際比較する目的は、研究全体の位置付けも含めて明らかにされる必要がある。櫛原班の社会学的な考察は、西洋中心で議論を進めてきた精神保健福祉体制がシステムとして完結し硬直したことを明らかにしていくことになると思うが、こことの関連性にも重きを置いて欲しい。
・コスタリカは、障害者権利条約に基づく改革という位置付けで評価されているが、精神医学者の団体や司法関係者の団体からは、必ずしも評価されていない。本来、ここでは評価の基準となる規範をそれぞれに明らかにしてから論議する必要があり、なにを持って精神医療が進んでいないと位置付けるのか、その根拠はなにかを明らかにせずして、評価が先行してしまうようなことはあってはならない。

⑷ 法学的検討調査
・加藤勝正厚生労働大臣は、第210回臨時国会において、法附則第3条の「障害者権利条約の実施」には初回政府審査に係る総括所見に規定された非自発的入院廃止の勧告に基づく法制度の見直しの検討が含まれるものと答弁している。よって、障害者権利条約の実施とは、批准時の条約解釈に限った狭いものではないことを確認する必要がある。
・本調査の射程としては、直接的に取り扱うかどうかはさておき、外形的には措置入院や医療観察法も含めたものでなければ国会等での批判は免れないと考える。
・これまで精神保健福祉法がどのような改正を繰り返してきて、何が獲得できて何が獲得できなかったのかを政治過程や政策過程の観点から分析した方がよいと考える。

⑸ 社会学的検討
・西洋中心で議論を進めてきた精神保健福祉体制がシステムとして完結し硬直したことを明らかにしていくことが必要である。その際には、①裁判でどのようにして原告の請求が棄却されているのかを司法の限界という観点から明らかにすること、②一般医療において精神障害者が代諾する臨床場面の観察を通じて精神科の非自発的入院と比較し、他科と区別する合理性の有無を明らかにすることが必要である。また、当事者調査等の動向に留意をして、精神保健指定医の権限集中による制度疲弊を明らかにできるような検討が必要となる。