精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究に対する会長声明への見解

 全国「精神病」者集団は、1974年5月に結成した精神障害者個人及び団体で構成される全国組織です。
 日本弁護士連合会(以下、「日弁連」とする。)は、2023年9月7日付けで「厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業 精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究-報告書-に対する会長声明」(以下、「会長声明」とする。)が公表されました。会長声明では、「本報告書の提言に基づいた内容となることについて強く懸念を表明するとともに、改めて、弁護士等も関与した上で、『身体的拘束のゼロ化』を推進するための議論を広く公開の場で行うことを求める」とあり、要件見直しに係る告示改正を慎重に進めることを求めた内容となっています。
 このような主張は、第210回臨時国会で成立した障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議とも整合するものと考えています。その一方で、精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究報告書(以下、「報告書」とする。)の位置付けや内容については、誤解・誤読によるところも大きいように感じています。全国「精神病」者集団としては、日弁連の要件見直しに係る告示改正を進める基本的な姿勢を評価するとともに、下記の箇条書きの通りに、報告書に対する誤謬を指摘し、告示改正のための議論の一助にしていただきたいと思います。

1 原告告示と比較する観点の欠如
 報告書の内容は、様々な団体の意見を反映したものであり、全国「精神病」者集団の主張が全て反映されたものではありません。そういう意味で報告書のコンセンサスは、不十分なものであると評価しています。会長声明も報告書のコンセンサスを不十分であると評価しており、その点で見解は一致します。
 しかし、報告書のコンセンサスが不十分であるとしても、それだけでは告示改正(案)の賛否を決める根拠にはなりません。賛否を決めるためには、政府の告示改正(案)が公になり、更に現行告示と比較して前進させるものなのか/後退させるものなのかという観点から精査していく必要があります。
 会長声明は、報告書の不十分な点を指摘しているだけに過ぎず、現行告示と告示改正(案)を比較する観点が欠如しています。そして、それなのにもかかわらず、どういうわけか会長声明では賛否に係る内容にまで言及しています。本来は、報告書と告示改正(案)は切り離した上で議論しなければならないはずです。

2 要件の見直しに係る意見の誤謬
 会長声明は、おおむね①切迫性要件の説明書きに「おそれ」と言う予防を示唆する文言が使用されていること、②一時性要件の説明書きに時間的な限定がないため、医師の主観に委ねられており、「必要な期間」という文言と相まって要件緩和の恐れがあること、③現行告示には、隔離の部分にしか記載がない身体合併症等への対応について具体的な言及があるため、事実上の対象拡大になり得ることを理由に不適切な身体的拘束をかえって広く認めることになるとしています。
 しかし、全国「精神病」者集団としては、最も核心となる「三要件がひとつでも欠如した場合は解除することの遵守事項への明示」が報告書のコンセンサスに至っているため、少なくとも現行告示よりも後退することはないと考えています。また、報告書は、「三要件を欠いた場合には速やかに解除する」とあり、現行告示の「できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする」よりも強い書きぶりであることから身体的拘束を減らすことができると考えています。
 仮に会長声明の主張のとおり、切迫性要件及び一時性要件、身体合併症の書きぶりに問題点があるのだとしたら、その部分さえ削除できれば反対する理由はなくなるはずです。ならば、本来今すべき行動は、告示改正(案)が出る前段階から報告書への批判を通じて告示改正に向けた意見を出していくことであり、そのような観点から意見を出していくべきだと思います。

3 後付け的な「拙速な改正反対」のポジション取りについて
 日弁連が2022年10月19日に公表した意見書は、患者の治療困難性を要件に入れることに反対をしており、結果として報告書においても、患者の治療困難性という要件は使われないことが決められました。
 しかし、2023年9月7日付の会長声明では、2022年10月19日付意見書のことを「告示130号の拙速な改正に反対した」ものであると位置づけています。繰り返し読み返しましたが、2022年10月19日付意見書には拙速な改正に反対したと読むに足る文面が見当たりません。これは、2022年10月19日付意見書に書かれていない内容を、この度の会長声明によって後付けで上書きするかたちになっており、極めて問題があると考えています。

4 告示の行政法上の位置付け
 告示は、法規命令ではなく、行政規則です。これは、令和2年12月16日名古屋高等裁判所金沢支部判決(以下、「大畠判例」とする。)においても同じで、法規命令であるとの立場に立たずに、従来の解釈を踏襲しています。告示は、国民の権利義務に関係しない行政組織内部における命令とされており、行政手続法上では指導監督制度に係る行政指導指針であるとの見方が一般的です。しかし、会長声明では、あたかも告示が国民の権利義務に関係する法規命令であるかのように誤解している節があります。あくまで告示は、行政規則なのであり、その上に存在する不文法を含む法律・条理・判例・慣習のほうにこそ問題があるわけです。
 また、会長声明には、「現行法上は許容されていない強制治療を、告示の改正によって潜脱的に許容する結果となる」と書かれていますが、ここで「現行法上許容されてない」と言い切るだけの根拠はありません。確かに精神保健福祉法には強制医療の手続き規定はありませんが、少なくとも条理・判例においては強制治療が限定的に許容されてきました。法曹団体ならば、事実に反する不適切な表現は避け、あくまで「現行告示に書かれていないことが書き込まれる」などと適切な表現で現状を言い表すべきと考えます。

5 選考過程と公開性
 会長声明には、「本報告書の作成については、提言したメンバーの選考過程やその審議経過についても不透明であり、専門的な人権保障の観点からのアプローチや公開性が欠如しており問題がある」と記されています。しかし、選考過程については、「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」報告書のとおり、「今後、多動又は不穏が顕著である場合という要件を見直すに当たり(中略)調査研究等により(中略)検討を深めていくことが必要」と記されていることからも、当該検討会のメンバーが中心になることが想定されることがわかります。
 また、公開性については、そもそも学問・研究の過程を公開する必要があるのかどうかについて日本国憲法に定められる学問の自由との関係から法曹としての慎重な見解が示されるべきではないかと考えます。
 もちろん、シンクタンクを隠れ蓑にして政策エビデンスが構築され、その過程を知る術もないまま、それらが公にされる頃にはすでに決まっているという感覚はわからなくもないです。ただ、その一方で、我々は成果物に反映させるために政策の動向を調べて要望を出すことができます。言い換えれば要望を出していない団体の意見は成果物に反映しようがありません。少なくとも、これまで要望を出していない団体がプロセスだけを取り出して公開性や透明性を論じたとしても全く説得力がありません。日弁連は、団体として意見をまとめて発信していくためにも、当事者団体をはじめとする他団体との意見交換を積極的にしていくことが先決だと思います。

 以上、この間の日弁連の会長声明等は、いささか目を覆いたくなるほど、調査不足と政策リテラシーからの逸脱が散見され、法曹団体としてあるまじき文面構成と言わざるを得ません。今後は、きちんと当事者団体である全国「精神病」者集団とも綿密な意見交換をおこなうなどして、法曹団体に恥じない意見書等の公表を切に願います。