【解説】精神保健福祉法改正阻止と障害者虐待防止法改正の関係性

概要
 障害者虐待防止法附則第2条に基づく政府の検討の結果、障害者虐待防止法の改正は見送られ、精神科病院については精神保健福祉法を改正すべしとされました。しかし、精神保健福祉法には様々な問題が指摘されており、ここに虐待防止の仕組みを入れるべきではありません。少なくとも、精神保健福祉法体制の外部からのチェックが可能となる仕組みこそ求められており、その意味でも、あくまで障害者虐待防止法の改正こそが必要であると考えます。すでに大多数の障害者団体や衆議院及び参議院、地方公共団体は、障害者虐待防止法の改正を求めています。より大きな動きを作り出し、厚生労働省の提案に打ち勝てるように共に取り組んでください。

①障害者虐待防止法改正の遅延
 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(以下、「障害者虐待防止法」とする。)とは、養護者による虐待、社会福祉施設従事者等による虐待、そして使用者による虐待に対して地方公共団体への通報義務を定め、通報者の保護と支援をおこない、もって障害者の虐待を防止することを目的とした法律のことです。
 附則第2条には、「政府は、学校、保育所等、医療機関、官公署等における障害者に対する虐待の防止等の体制の在り方並びに障害者の安全の確認又は安全の確保を実効的に行うための方策、障害者を訪問して相談等を行う体制の充実強化その他の障害者虐待の防止、障害者虐待を受けた障害者の保護及び自立の支援、養護者に対する支援等のための制度について、この法律の施行後三年を目途として、児童虐待、高齢者虐待、配偶者からの暴力等の防止等に関する法制度全般の見直しの状況を踏まえ、この法律の施行状況等を勘案して検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」とあります。これまで通報義務は、擁護者、社会福祉施設従事者等、使用者だけを対象としていたのに対して、医療機関や教育機関その他への拡大の方向付けがなされたわけです。
 ところが、施行後3年どころか7年を経過しても障害者虐待防止法改正に向けた検討は開始されませんでした。検討が遅延した理由は、障害者虐待防止法が民主党政権下において議員立法で成立したという背景があり、厚生労働省が当時の政権与党である民主党と現政権の合意を待たずして検討を開始することが困難だったためという事情がありました。

②障害者虐待防止法改正ではなく精神保健福祉法改正の方向に至る
 2017年、民主党の衆議院議員及び参議院議員のそれぞれから意見が出され、厚生労働省としても、どういうかたちであれ早急に検討を開始するということで、2017年度から一般財団法人日本総合研究所による委託調査の枠組みで検討がおこなわれました。検討の結果、医療機関や教育機関など障害の有無に関係なく利用する機関においては、障害者のみが通報対象となる(障害のない人が通報義務の対象から外れる)ため法改正をおこなわず、既存の法律等で対応できることの周知徹底をしていくというまとめが示されました。

◆平成29年度 「障害者虐待事案の未然防止のための調査研究について」 調査研究事業報告書
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/syougaisyagyakutai180330.pdf

◆平成30年度障害者総合福祉推進事業「障害者虐待の未然防止等に関する研究事業」 報告書
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000521800.pdf

 2017年12月、日本障害者虐待防止学会が設立されました。同学会は、2020年に精神科病院において通報義務を設ける場合には精神保健福祉法第37条第1項を改正するべきとの立場を示した提言書を公表しました。提言書の公表以降は、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課も同様の立場を取るようになりました。但し、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課の立場は、法改正をするともしないとも言ってないので、現時点では必ずしも、法改正されようとしている段階ではないのだと思います。

③精神保健福祉法改正して虐待防止条項を入れるべきではない理由
 精神保健福祉法には、数々の問題が指摘されています。そのため、精神保健福祉法は将来的に廃止されるべきとする主張が一定の数で存在し、徐々に増えてきています。障害者権利条約の政府審査では、国連から出された事前質問事項のパラグラフ13に「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、特にその第29条、第33条及び第37条、並びに心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律を含め障害者の自由及び身体の安全を実際の障 害又は障害があると認められることに基づき制限する法律を撤廃すること」との内容があるなど、撤廃の方向に進んでいることがわかります。そのようななかにあって、精神保健福祉法改正を示唆することは、国際的な潮流に逆行するものでしかありません。障害者虐待防止法を改正すれば済むものを、わざわざ精神保健福祉法を改正して虐待防止機能を持たせるべきではありません。
 精神保健福祉法体制は、狭い村社会と化しており、病院によっては自浄作用が消滅しているところもあります。そのため、外部とのつながりが権利を擁護する上での重要なポイントとなります。障害者虐待防止法は、障害者行政であり精神科病院の許認可権等のある所轄から一定程度独立しています。このようなポジションからの支援は、空気感を変えていく上で期待できます。
 最後に、大多数の障害者団体や衆議院及び参議院、地方公共団体は、障害者虐待防止法の改正を求めています。日本障害フォーラム、日本弁護士連合会などの団体が障害者虐待防止法の改正を求めています。また、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議(参議院)では、「三 複合的な差別を含め、障害を理由とする差別の解消を総合的に推進するため、次期障害者基本計画の策定を通じて把握した課題について、障害者基本法及び障害者虐待防止法の見直しを含めて必要な対応を検討すること。」とあり、参議院も障害者虐待防止法改正を求めています。2020年3月に明らかになった神出病院の看護師による虐待事件は、神戸市議会で取り上げられ、障害者虐待防止法に精神科病院における虐待の通報義務を定めることを国に求める意見書を決議しています。
 以上から精神保健福祉法改正ではなく障害者虐待防止法改正こそ求める声が大きいことがわかると思います。

④障害者虐待防止法改正要求が精神保健福祉法体制の維持に当たるとの批判について
 この間に障害者虐待防止法改正要求が精神保健福祉法体制の維持に当たるとの批判がありました。しかし、障害者虐待防止法改正を要求することは、精神保健福祉法改正を阻止することにつながるわけであり、批判は当たらないと考えます。むしろ、障害者虐待防止法改正要求に疑義を呈することで、精神保健福祉法改正の方向が勢い付いてしまわないかと憂慮します。

⑤障害者虐待防止法に内在する課題
 障害者虐待防止法には、成年後見制度との連携にかかわる規定があります。とくに養護者による虐待から成年後見制度の首長申立てに至った場合、虐待からの保護と称して成年後見人の代理権によって施設に入れられてしまうケースが散見されます。その後、本人と養護者が何年にもわたってあわせてもらえずにいるといったことも起きています。これらは、障害者虐待防止法の問題というよりは、成年後見制度の問題です。成年後見制度は、かなり問題の多い制度なので、連携しない方がよいと思います。ですが、これとて障害者虐待防止法改正によって削除するなどの方策が考えられるので、障害者虐待防止法改正要求を通じて問題解決すべきものであると考えます。