日本弁護士連合会(以下、「日弁連」とする。)から2023年2月16日に「精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書――強制入院廃止に向けた短期工程の提言 」が公表され、さらに2024年2月16日には「精神障害のある人の尊厳を確立していくための精神保健福祉法改正案(短期工程)の提言」が公表されました。
両提言には、重大な問題を内包しており、全国「精神病」者集団が再三指摘してきたことが踏まえられることなく、同じ誤りを繰り返すものに他なりません。また、当事者団体である全国「精神病」者集団からの協議の要請に応じようともせず、当事者の生活を左右し得る提言を無造作に出し続ける姿勢にも違和感を禁じ得ません。これら一連の行為は、当事者主権の軽視であり、ひいては民主主義の否定であると考えます。日弁連には、合意形成に向けて当事者・他団体と協調する姿勢へと改めることを強く求めます。
さて、当該行程は、精神保健福祉法に基づく非自発的入院者数をゼロにしてから精神保健福祉法を廃止するという流れが前提となっています。しかし、このような行程は、政策論的には完全に間違っていると言わざるを得ません。
その理由のひとつめは、障害者権利条約初回政府審査に係る総括所見に基づいた非自発的入院制度廃止の勧告に反する内容になっていることが挙げられます。日弁連の提言は、中期行程が2030年までと設定されており、第2回の日本政府報告が予定されている2028年以降も精神保健福祉法に基づく非自発的入院制度の続行が前提となっています。これは、同条約の枠組みを否定するものに他ならず、障害者団体としては看過できません。障害者権利条約の枠組みに整合するように全面的な見直しが求められます。
理由のふたつめは、実効性の観点がない政策であることが挙げられます。当該行程は、非自発的入院者数がゼロにならない限り、精神保健福祉法の廃止が実現されないものとなっています。これでは、無期限に同条約初回政府審査の総括所見の要請に答えられない状況を招きかねません。仮に百歩譲って非自発的入院の段階削減を精神保健福祉法下でおこなうとしても、日弁連が提案する非自発的入院のなくし方が要件を増やすこと手続きを強化すること、審査会制度を活用することでしかないため、従来の枠組みからまったく殻を破れておりません。このような覚束無い提案で非自発的入院者数がゼロになるまで精神保健福祉法廃止を見送り続けるようであれば、改革が実現される日は永久にこないだろうと断じます。
最後に、日弁連は「厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究報告書に対する会長声明」において、報告書内にある「必要な期間」という概念が医師の主観的な治療方針や、病院の人的・物的体制といった医療側の事情・判断に委ねられるおそれがあると述べています。その一方で当該提言では、措置入院の要件に「相当程度」や「差し迫った」などの文言を加える提案をしており、つまるところ運用が医師の主観に委ねられるのではないかという批判がそのまま当てはまるものになっています。このように当該提言は、過去に展開した主張との間に深刻な矛盾が認められます。このような整合性のない主張をしていることについては、しかるべき政党や関係団体からも冷ややかな評価を受けています。弁護士法(第1条第1項)に規定する、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」のためには、社会の公器として、社会的な信頼を得ることは欠かせないはずですが、この間の日弁連の意見書等は、いささか目を覆いたくなるような問題が散見され、法曹団体としてあるまじき文面構成と言わざるを得ません。
今後は、きちんと当事者団体である全国「精神病」者集団とも綿密な意見交換をおこなうなどして、法曹団体に恥じない意見書等の公表を切に願います。