精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律の一部を改正する法律(案)について民進党厚生労働部門会議ヒアリング意見書

精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律の一部を改正する法律(案)について
民進党厚生労働部門会議ヒアリング意見書
2017年3月9日

 私たち全国「精神病」者集団は、1974年に結成した精神障害者の個人及び団体で構成される全国組織です。精神保健福祉法は、精神障害者の強制的なものを含む入退院手続きを定めた法律であり、私たち精神障害者の生活に大きく関わるものとして強い感心をもってまいりました。精神障害者の中には、強制的に入院させられ数十年にわたって精神科病院に入院している仲間が全国各地にたくさんいます。法律は、人の人生に大きな被害をもたらすことがあります。そのため、私たちは結成当初から精神保健福祉法それ自体の廃止を求めて運動をしてきました。
 精神保健福祉法の入退院の当事者は、精神障害者です。当事者とは特定の問題の効果の帰属主体のことであり、精神保健福祉法の手続きに基づき入院したり、退院したりする当事者は精神障害者だけです。そのため、精神保健福祉法の改正にあたっては、精神障害当事者の声を聴き、尊重してほしいと思っています。

1. 法改正の趣旨に明示的に犯罪防止が採用されたこと
 この法案は、「精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律の一部を改正する法律案の概要」において相模原市の障害者支援施設の事件の再発防止が改正の趣旨であるとされ、明示的に犯罪防止が採用された点で従来の改正とは一線を画します。そのため、従前の改正と比べても十分な審議時間が必要と考えます。

2. 障害者権利条約及び付帯決議を踏襲できていない点
 2013年法改正に際しては、「精神障害のある人の保健・医療・福祉施策は、他の者との平等を基礎とする障害者の権利に関する条約の理念に基づき、これを具現化する方向で講ぜられること」とする附帯決議が可決されました。しかし、「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」(以下、あり方検討会)では、障害者権利条約の趣旨や整合性を確認するための検討が一切されませんでした。障害者権利条約第14条は、障害を理由とした人身の自由の剥奪を禁止しており、精神障害者であることを要件とした非自発的入院制度は障害者権利条約に違反すると指摘されています。立法府を軽視し国際社会に逆行する法改正です。
 また、第1条の目的条項に「障害者基本法と相まって」とする一文がなく、ゆえに精神障害者の社会的障壁(障害者基本法2条2項)の除去について十分な理解が浸透していないように感じます。

3. 障害当事者の参画を推進すること
 障害者権利条約では、障害当事者の政策の決定過程からの参画を求めており、加盟国である日本は政府、立法府ともに障害当事者の参画が求められています。しかし、あり方検討会では、精神科医に対して精神障害当事者が2名と少なく、かつ精神障害当事者の声がほとんど反映されませんでした。せめて、立法府では、障害当事者の参考人を招致するなどして、障害当事者の参画を推進してほしいです。

4 措置入院者の退院後支援――相模原事件を口実とした地域における監視
 本改正では、相模原事件の再発防止策として措置入院者の「退院後支援」が規定されました。措置入院者に対して原則として入院中から警察関係者(主に代表者会議)を構成員とした精神障害者支援地域協議会の関与の下、退院後支援計画を作成し、精神科病院管理者が選任する退院後生活環境相談員の介入を受ける制度が新設されます。計画の期間中の措置入院者が転居した場合には、転居先の自治体が退院後支援計画を引き継ぐことになります。これでは、支援と名付けられているとはいえ、やろうとしていることが明らかに治安目的の監視です。
①立法事実の不存在――相模原事件の発生は精神障害者の問題ではない
 措置入院者の退院後支援の立法事実は、相模原事件の発生とされています。しかし、現時点で容疑者の行為と疾病の因果関係は裁判で明らかにされておらず、鑑定留置の結果では責任能力ありとされました。また、この事件は警察が初動で施設側に犯行手順が書かれた容疑者の手紙を見せなかったために施設側の警備意識が高められずに引き起こされた事件であり、それが容疑者に措置入院歴があったことが報道されたことで精神障害者の問題にすり替えられたものです。このように立法事実の存在しない立法を強行することは、法治国家原則に反します。よって措置入院者の退院後支援には反対の意思を示します。
 また、精神障害者の問題にすり替えられた原因は、措置入院という制度の構造に内在した問題に由来します。未来予測は科学を持ってしてもなお不可能な領域とされていますが、措置入院は精神保健指定医が「おそれ」を見立てられると仮定して成り立っています。それでも完全に他害等を防ぐことができないのですが、 他害等が起きたときには未来予測が可能であるという建前に立脚した責任が発生するため、なぜ防げなかったか、という論点が生起してきます。そして、治安的機能を引き入れる形で再発防止策が繰り返し行われていくことになります。この連鎖を断ち切るためにも、非自発的入院の抜本的な見直しが不可欠です。
②退院後支援計画の作成及び精神障害者支援地域協議会における本人参加の位置づけについて
 退院後支援計画は、「調整会議には可能な限り患者本人や家族の参加を促す」として本人が参加して作成することが望ましいとされながらも本人不在で作成できてしまう点で問題があると考えます。
③退院後支援計画の期間が不明であること
「計画の期間」については、国がガイドラインを作成して目安時間を示し、患者の状態に応じて延長等がおこなえるようにすることとされていますが、延長が長期間や無期限に行われることや、計画の更新が続くような事務が発生した場合には、 一度でも措置入院になると一生涯、警察を含んだ監視網から抜け出すことができない事態が生じうるのではないかと憂慮します。
④退院後支援計画が退院の障壁になり地域移行が進まなくなる可能性
 退院後支援計画の事務遅滞のために退院が不当に引き延ばされる可能性があります。退院後支援計画は原則入院中の策定であり、退院後の策定は例外的に認められているにとどまります。医療上の理由が消滅したのに退院できない者を作り出す可能性があり、そうした者を出さないための仕掛けが法律の中にないことは措置入院に限らず非常に問題であると考えます。
⑤退院後支援計画の位置づけの不明瞭さ
 退院後支援計画において提供が予定された個別のサービスは、当該精神障害者によって拒否された場合、サービスを強要することはできないこととされているが、その場合の退院後支援計画の存在意義がどのようなものであるかがわかりません。

4. 医療保護入院における市区町村長同意の復活
 本改正では、2013年改正時に廃止されたはずの市区町村長同意が再び規定されました。2013年改正は、障害者権利条約の国内法整備の一環という位置付けで保護者制度を含む医療保護入院等の見直しがおこなわれ、保護者の同意が家族等の同意に改められ市区町村同意は廃止されました。市区町村同意の廃止後は、医療保護入院の届け出件数が4万件減少したのですが、復活に伴い医療保護入院がさらに増加するのではないかと憂慮します。加えて、市区町村の所轄は、どのような方法を用いて「全員がその意思を表示することができない」「同意、不同意の意思表示を行わない場合」を確認し事務を進めるのかがわかりません。このままだと精神障害者を入院させようとする精神科病院管理者が「同意、不同意の意思表示を行わない」と判断した場合には、それを根拠に市区町村が自動的に同意事務をするような事態が生じうると思います。

5. 医療保護入院の見直しが保留されたこと
 2013年改正時に「保護者の同意」が「家族等の同意」に改められ、事実上、同意権者の範囲が拡大されました。それが国会の場で問題としてあがり、あり方検討会では、医療保護入院のことが引き続き検討されました。しかし、検討会報告書では、「措置入院、任意入院以外の入院制度として医療保護入院を維持することとした」とされ、またしても抜本的な見直しが先送りにされました。家族の同意についても十分な検討を経ずに時間切れとなり、再び残されました。引き続き医療保護入院における手続きや家族同意、処遇について検討することを附則に入れることを求めます。

6. 入院中心が改められていないこと
 2013年改正時の附帯決議では、非自発的入院の減少が志向されていたにもかかわらず、措置入院の強化や市区町村長同意の復活による同意権者の範囲拡大など、明らかに非自発的入院の減少を帰結しない法改正になっています。精神科病院では、年間約2万人以上の人が死亡退院しており、この10年間で入院人口が大きく変化していないということは、新たに入院して退院できなくなっている人があらわれ続けているからだと思います。
 また、国及び地方公共団体の義務に「精神障害者の人権を尊重するほか、精神障害者の退院による地域における生活への移行」が追加されましたが、あり方検討会の最終報告書には「重度かつ慢性」の基準化について書かれており、6、7割の重度かつ慢性者(治療抵抗性)は、退院させることができない存在と見立て、基準病床の算定、地域移行目標値の算定をすることとされました。しかし、「重度かつ慢性」の人こそ地域で生活できるように法整備をおこなうこと――例えば、重度訪問介護の支給対象者を拡充し、重度訪問介護従業者に対する面会制限等を禁止するなど――に向けて障害福祉サービスの利用についてさらなる検討を加える必要があります。

7. 精神保健指定医の適正化について
 精神保健指定医の診察は、逮捕監禁罪及び誘拐罪の違法性阻却要件であり、精神保健指定医以外が同様の行為をおこなうことは基本的に禁じられています。しかし、このたび不正な取得が発覚し指定を取り消された医師の非自発的入院の判断は、遡って違法であったことにはならず合法であったことにされています。これまでの精神保健指定医の判断と法的な点検が求められます。