附則第3条の検討に係る研究班への要望書①

 本調査は、附則第3条及び立法の意思である附帯決議に対応していくにあたって必要となる政策エビデンスを調査によって明らかにすることを目的に含んだものである。よって、附帯決議の内容を大きく逸脱することがないように注意して研究を遂行していく必要がある。

 地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会(以下、「検討会」とする。)では、国際比較や他科と手続きを区別する合理性の有無などが今後の検討の論点としてコンセンサスを得ている。検討会においてコンセンサスが得られた事項については、研究を遂行する上で計画段階から踏まえられる必要がある。また、検討会においてコンセンサスが得られた事項については、研究班の関係者に周知を徹底させて欲しい。

 本調査は、基本的に精神保健福祉法に基づく措置入院及び医療保護入院(応急入院と任意入院を含む)、医療観察法に基づく鑑定入院及び入院処遇といったすべての非自発的入院を対象とすべきである。少なくとも、附帯決議には精神保健福祉法に加えて医療観察法が明示されており、射程に含まないわけにはいかないと考える。

 附帯決議の「精神疾患の特性を踏まえる」の部分については、読み方に注意が必要である。附帯決議には、障害者権利条約の初回政府審査に係る総括所見を踏まえた法制度の見直しについて言及がある。ここの言及は、法案審査においても特に重要な意味を有しており、厚生労働大臣の答弁とも相まって最も留意すべきものである。同総括所見の基本的な考え方は、機能障害を理由に他の者と区別する制度、慣行を禁止する措置を締約国に求めるというものである。よって、この場合の「精神疾患の特性を踏まえる」とは、精神障害という機能障害を取り上げて他の者と区別する観点から精神疾患に特化した議論を示唆するものとは読んではならず、精神障害者の置かれた社会の状況や社会的偏見の傾向など社会的障壁にフォーカスを当てていく社会モデルの視角を踏まえたものと読む必要がある。

⑴ 実態調査班――当事者調査
 当事者調査の目的と方法、使途については、確認が必要である。当事者調査は、非自発的入院に係る当事者が体験した事実と、それへの評価に係る主観の双方に接近しながら課題を抽出することを目的としている。調査方法は、聴き取りによる質的調査である。聴き取り対象者は、非自発的入院をめぐって人生になんらかの影響を受けたと考えている当事者団体に所属する精神障害者である。聴き取り対象者には、医療保護入院をした経験に加えて、その経験への評価を言語化する必要があり、そうなると専ら自らの経験を相対化し、言語化する取り組みをしている者が適格性を有する。なにより、当事者活動を媒介にしたインタビューイとインタビュアーの関係だからこそ、安心した環境下で率直な経験談を集めることが可能となり、調査の目的に適うものとなる。抽出された課題は、量的調査の参考として活用することになる。但し、量による一般化を経ずとも政策の課題であることは留意されたい。
 調査及び分析の視角は、障害者権利条約の基本的な考え方として知られる障害の社会モデルである。社会モデルの理論は、障害学の蓄積に依拠する。聴き取りは、対象者数を増やすなど事実としての客観性を高めつつも、社会モデルの視角を用いた障害当事者同士の対話構築によっておこなう。
 障害当事者同士の対話構築は、障害者権利条約に基づく障害当事者参画と決して無関係ではない。国連障害者の権利に関する委員会は、一般的意見第7号パラグラフ11において、障害者を代表する団体をについて障害者権利条約を推進する責務を負う市民社会であると定義している。こうした立場に拘束された障害当事者がかかわって対話を構築していくことは、インタビューイが経験した事実とそれに対する評価の語りを、障害者権利条約や社会モデルの観点から構築することを促し、ひいては附帯決議が示唆するような政策と規範的に整合したものにしていくことが可能となる。
 分析は、言説分析を中心とし、社会モデルの視角によっておこなうこととする。なお、対象のサンプリングは、おこなわない。事実に対する解釈とその正当性にこそ重きを置く必要があると考えるからである。

⑵ 実態調査‐家族調査
・当事者調査と同様に、調査及び分析の視角は、障害者権利条約の基本的な考え方として知られる障害の社会モデルに依拠して、調査の目的に照らして行われるのが望ましい。
・家族の立場から当事者についての考えを巡らせたものと家族自身についての考えをわけた形でのヒアリング調査が行われるのが望ましい。

⑶ 国際比較調査班
・現在、IDAや障害者権利委員会では、障害者権利条約を実効性のある政策に体系立てるための検討が課題となっている。障害者権利条約は、世界的にも蓄積の薄い領域である。それゆえに日本政府が世界に先駆けて率先して取り組むことの意義は極めて大きい。言い換えれば、G7等の欧米諸国が政策として実施できていないからといって、それを口実に日本政府が政策を実施しないようなことはあってはならない。
・国際比較する目的は、研究全体の位置付けも含めて明らかにされる必要がある。櫛原班の社会学的な考察は、西洋中心で議論を進めてきた精神保健福祉体制がシステムとして完結し硬直したことを明らかにしていくことになると思うが、こことの関連性にも重きを置いて欲しい。
・コスタリカは、障害者権利条約に基づく改革という位置付けで評価されているが、精神医学者の団体や司法関係者の団体からは、必ずしも評価されていない。本来、ここでは評価の基準となる規範をそれぞれに明らかにしてから論議する必要があり、なにを持って精神医療が進んでいないと位置付けるのか、その根拠はなにかを明らかにせずして、評価が先行してしまうようなことはあってはならない。

⑷ 法学的検討調査
・加藤勝正厚生労働大臣は、第210回臨時国会において、法附則第3条の「障害者権利条約の実施」には初回政府審査に係る総括所見に規定された非自発的入院廃止の勧告に基づく法制度の見直しの検討が含まれるものと答弁している。よって、障害者権利条約の実施とは、批准時の条約解釈に限った狭いものではないことを確認する必要がある。
・本調査の射程としては、直接的に取り扱うかどうかはさておき、外形的には措置入院や医療観察法も含めたものでなければ国会等での批判は免れないと考える。
・これまで精神保健福祉法がどのような改正を繰り返してきて、何が獲得できて何が獲得できなかったのかを政治過程や政策過程の観点から分析した方がよいと考える。

⑸ 社会学的検討
・西洋中心で議論を進めてきた精神保健福祉体制がシステムとして完結し硬直したことを明らかにしていくことが必要である。その際には、①裁判でどのようにして原告の請求が棄却されているのかを司法の限界という観点から明らかにすること、②一般医療において精神障害者が代諾する臨床場面の観察を通じて精神科の非自発的入院と比較し、他科と区別する合理性の有無を明らかにすることが必要である。また、当事者調査等の動向に留意をして、精神保健指定医の権限集中による制度疲弊を明らかにできるような検討が必要となる。