【声明】精神保健福祉法改正法案の閣議決定にあたって

 私たち全国「精神病」者集団は、1974年に結成した精神障害者の個人及び団体で構成される全国組織です。
 本日、精神保健福祉法改正法案を含む障害者関連法案が閣議決定されました。精神保健福祉法の規定の下で非自発的入院や行動制限を受けるのは精神障害者を除いて他にいません。その意味で精神保健福祉法は、私たち精神障害者の生活に直接かかわるものであり、法改正にも強い関心を向けてきました。ついては、障害者関連法の閣議決定を受けての声明を発表します。

1.法案に対する評価
全国「精神病」者集団としては、障害者権利条約政府審査に係る総括所見(勧告)を踏まえた検討をおこなうことを附則で担保しない場合に精神保健福祉法改正法案に反対すると主張してきました。法案の附則の検討条項には、障害者権利条約の実施について障害者の意見を聴きつつ、必要な措置を講じる旨の規定がありますが、これだけでは現時点で「障害者権利条約の実施」の中身に総括所見が含まれるとまでは読むことができません。

2.束ね法案について
精神保健福祉法改正法案には、各論的にも重大な課題が認められるため、法案審査を通じて課題を明らかにしていく必要があります。そのため、私たちは十分な審議時間を確保するとともに個別の法律として採決されなければならないと考えます。私たちは、引き続き、束ね法案ではなく個別の法案として審査することを求めていきます。

3.精神保健福祉法それ自体について
全国「精神病」者集団は、結成当初から精神保健福祉法(当時は精神衛生法)の撤廃を主張してきました。精神科医療は、一般医療から隔絶された体系に位置づけられており、その中核に精神保健福祉法が存在する政策構造となっています。このような政策構造を変更させずして、精神保健福祉法をいくらマイナーチェンジしたところで根本的な問題の解決にはつながりません。例えば、精神科医療は、地域医療構想や病棟機能報告制度の対象外とされており、新型コロナウィルス感染症対策をめぐっては、一般医療との連携ができずに精神科病院において多くの感染者と死者を出しました。また、精神保健指定医や家族等に権限と負担が集中する仕組みになっており、他科における意思決定支援のような協議モデルや責任の分散システムの採用ができません。国連障害者の権利に関する委員会からの勧告には、精神保健福祉法が一般医療から分離する制度であり、解体が必要であるとされています。よって、私たちは精神保健福祉法それ自体の解体に向けた議論を求めていきます。

4.精神科病院に入院する患者の訪問支援
 精神科病院に入院する患者の訪問支援については、閉鎖的な精神科病院に外部の目を入れるものであることから、それ自体は進めていく必要があると考えます。しかし、根拠法は障害者総合支援法ではなく精神保健福祉法とされました。精神保健福祉法は、それ自体に重大な問題があるため、精神保健福祉法の下で運用されることに伴う悪影響(地方公共団体において法の目的である医療及び保護に主眼が置かれ、人権の観点が希薄になること等)が懸念されます。これについては、精神科医療を他科と同質のものにする観点から精神保健福祉法のあり方について廃止を含めた検討が行われるべきと考えます。

5.医療保護入院
医療保護入院については、家族等が同意できない場合の市町村長同意に加えて、家族等が同意を拒絶した場合や意思表示自体をしない場合の市町村長同意による入院が新たに導入されようとしています。従来の医療保護入院は、家族等に同意権者を限定し、不要な入院に同意を与えないことで、入院に歯止めをかける意味合いがありました。しかし、改正法案では、市町村として医師から同意を求められたときに拒絶する理由が立たないため、入院させるほかなくなることになります。入院の歯止めになってきた家族等の同意の部分が縮小し、医療保護入院がしやすくなるため、医療保護入院を減らすと言いながらも実際には増えていく懸念があります。
また、検討段階における当初の論点は、「医療保護入院の将来的な廃止を視野に入れた検討」でしたが、日本精神科病院協会からの理由なき反対によって「誰もが安心して信頼できる入院医療が実現されるための検討」へとトーンダウンを強いられました。本来は「医療保護入院の将来的な廃止を視野に入れた検討」とすべきです。

6.患者の意思に基づいた退院後支援
患者の意思に基づいた退院後支援については、廃案になった前回の精神保健福祉法改正法案の審議の反省が踏まえられていないと考えます。第193回通常国会に精神保健福祉法改正案が提出されました。当該法案に規定された退院後支援の警察参加などが監視につながるとして批判が相次ぎました。審議中に法案概要資料の趣旨の部分が変更され、参議院先議では異例の継続審議となりました。第194回臨時国会では、衆議院解散に伴い廃案となりました。参議院先議の法案が廃案となったのは、憲政史上初めてのことと言われています。厚生労働省は、2019年3月付で退院後支援と措置入院運用のガイドラインを公表し、第196回通常国会では、加藤勝信厚生労働大臣(当時)が法案のガイドラインの運用状況を見て法案を出し直す旨の発言をして法案の上程が見送られました。
地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会報告書では、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムが津久井やまゆり園事件の再発防止を契機にしたものでないことが確認されていますが、ガイドラインは津久井やまゆり園事件の再発防止を契機にしたものという位置づけになっています。加藤勝信厚生労働大臣(当時)は、ガイドラインの運用状況を見て法案を出し直す旨を発言したわけだが、どの点を評価して法案提出を判断したのかが不明となっています。また、新設される協議会は、措置入院の運用のための協議の場として警察の参加を想定しながら進められる懸念があります。
なにより、当該検討会報告では、退院後支援への警察参加を認めるべきではないという意見も出されていたのに警察が入ることになりました。警察は、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当る職責の一環として参加するため、社会保障と相容れず監視にもつながるし、なにより、こうした警察の参加を不安に思う精神障害者が数多くおります。退院後支援には、警察参加をさせるべきではありません。

7.不適切な隔離・身体的拘束をゼロとする取組
 改正法案の成文にはありませんが、不適切な隔離・身体的拘束をゼロとする取組の一環として第37条第1項大臣基準(告示)の見直しがおこなわれることになっています。なお、告示の見直しについては、「患者の治療困難」要件を含む案文が当該検討会報告書に記載されており、精神科医療における行動制限の最小化に関する調査研究の中で引き続き検討されることとなっています。
「患者の治療困難」の要件は、検討過程において「患者の治療困難」が事実上の要件緩和であるとの意見が相次いで出たのにもかかわらず削除されなかったこと、現場では「患者の治療困難」というだけで拘束してよいと読まれていく可能性があること、そして、従来の要件に入っていないと考えるのが自然であり、新要件に基づいて新たな対象者像が作り出される可能性があることから、削除されるべきと考えます。

8.精神科病院における虐待防止
 精神科病院における虐待の通報義務と通報者保護が新設されることになりました。これ自体は良いのですが、肝心の根拠法が障害者虐待防止法ではなく、精神保健福祉法とされたことから問題があると考えます。精神保健福祉法の下で実施されている指導監督制度では、神出病院事件を発覚させるには至りませんでした。障害者虐待防止法に規定した場合は、外部の目を入れることで事務の適正化に資するのですが、精神保健福祉法には、その機能が期待できません。
多くの地方公共団体や障害者団体が障害者虐待防止法を改正する意見を述べています。ここで精神保健福祉法に精神科病院の通報が規定されてしまえば、障害者虐待防止法の見直しに向けた検討の余地が消滅し兼ねません。そもそも、障害者虐待防止法改正の検討結果には、重大な論理矛盾があります。障害者虐待防止法改正のための検討は、やり直す必要があります。また、精神科医療を他科と同質のものにする観点から精神保健福祉法のあり方について廃止を含めた検討をおこない、将来的には障害者虐待防止法に一本化されるべきと考えます。