日本弁護士連合会「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」に対する全国「精神病」者集団の見解

1.同決議の評価
 同決議については、次の点を評価する。
① 同決議の「精神障害のある人だけを対象とし、緊急法理を超えて、本人の意思に基づかない入院を許す精神保健福祉法による強制入院制度を廃止し」の部分については、精神保健福祉法に基づく非自発的入院制度の廃止を掲げたものであり評価する。
② 同決議の「精神保健福祉法による強制入院制度を廃止し、廃止に向けたロードマップ(基本計画)を作成し、実行する法制度を創設すること」の部分については、非自発的入院の段階的な廃止を掲げたことを評価する。
③ 同決議に付随する解説には、2035年までに強制入院制度の廃止を達成するという期限が設けられており、その点を評価する。
④ 同決議の「障害者権利条約の求める,人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)にのっとった国内人権機関の創設」の部分については、実施機関としてパリ原則に基づく国内監視機関を位置付けたことを評価する。
⑤ 同決議の「精神科医療においても等しく適用される,患者の権利を中心にした医療法を速やかに制定し,インフォームド・コンセント法理を始め一般医療と同等の質及び水準の医療を提供することを確認し,その運用,周知のために必要な法整備を行うこと」の部分については、精神科医療を一般医療へと編入させる枠組みとして提示されたことを評価する。

2.同決議の問題点
 同決議については、次の点で問題点を認める。
① 国及び地方公共団体の役割についての言及がなく、非自発的入院廃止の責務を担う実施主体が不明である。
② 同決議は、基本計画(ロードマップ)の策定を掲げているが、基本計画(ロードマップ)の根拠法令として精神保健福祉法が想定されている点で問題がある。しかし、精神保健福祉法第1条の目的条項の下で構造的な人権侵害を帰結しているわけであり、同決議が目指している「差別を解消しインクルーシブな社会を実現する」ことと同法は本日的に相容れないものと考えられるべきである。また、仮に同法を根拠とした場合、達成期限として設定された2035年の根拠が不明である。例えば、医療計画の場合、第9次医療計画の最終年は2036年と考えられるため、その他の行政計画との関係も相まって中途半端なスパンであるとの印象をぬぐえない。
③ 同決議は、強制入院の段階的な削減の結果として強制入院制度が廃止されるというストーリを前提としている。精神保健福祉法廃止と非自発的入院制度廃止が同一のものと見なされており、かつ精神保健福祉法廃止が最終目標とされているわけである。しかし、強制入院と強制入院制度を区別して考える必要があり(同決議も区別して考えていないわけではない)、精神保健福祉法に基づく強制入院制度(非自発的入院)を廃止してから、一般医療における強制入院(非同意入院)を削減していくといった順番によるべきである。

3.社会的な反応
 同決議に係る社会的反応は、当初予想していた以上に絶大であった。同決議に係る社会的反応の長所は、非自発的入院制度の廃止に向けた機運を圧倒的に高めたことが挙げられる。他方で同決議に係る社会的反応の短所は、政策として完成していないのにもかかわらず、一見すると具体的な政策のように見えてしまうことから、不用意に期待値を高めてしまっていることが挙げられる。非自発的入院制度の廃止に向けた機運を下げることなく、同決議の方向性を支持しながら適切な政策討論へと結びつけることで、政策としての完成度を補足していくことが急務である。

4.全国「精神病」者集団の対案
 ここでは、全国「精神病」者集団としての政策の対案を明らかにしたい。
① 第8次医療計画の活用
同決議は、「病床数削減」と「強制入院削減」の2つを掲げている。全国「精神病」者集団は、この2つの実行手段として、次に掲げる通り第8次医療計画の活用を提案する。
〇 基準病床算定式を用いた入院需要の縮小による病床数削減。
〇 指標例を用いた非自発的入院の段階的縮減。
 【期限】第8次医療計画は、2022年に検討がおこなわれ、2024年から開始される予定である。よって、「病床数削減」と「強制入院削減」のための政策は、達成目標を2024年までとするべきである。
② 医療保護入院の廃止
 同決議は、「強制入院制度廃止」を掲げている。全国「精神病」者集団は、実行手段として医療保護入院の廃止を提案する。2021年10月に厚生労働省が設置した「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」では、入院制度のあり方の検討が予定されている。医療保護入院廃止という検討結果で合意するためにも、大衆的合意形成の取り組みが必要である。
 【期限】2022年7月には、同検討会の報告書がまとめられる予定である。よって、「強制入院制度廃止」のための政策は、達成目標を2024年までとするべきである。
③ 障害者権利条約の政府審査
同決議の「強制入院制度廃止」について全国「精神病」者集団は、医療保護入院の廃止に加えて、障害者権利条約の政府審査を提案する。障害者の権利に関する委員会は、同条約第36条及び第39条に基づく勧告を出すことができる。勧告には、次に掲げる事項を入れる必要がある。
〇 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、特に第29条、第33条及び第37条に基づく非自発的入院制度を廃止すること。
〇 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律を廃止すること。
なお、政府は条約体の勧告を尊重しなければならないこととされている。ただ、これだけでは消極的な尊重にとどまる可能性が否めないため、法改正の際には、衆参両院で「障害者の権利に関する条約第三十六条及び第三十九条による障害者の権利に関する委員会からの提案及び一般的な性格を有する勧告に基づき、障害者を代表する団体の参画の下で、当該提案及び勧告に基づく現状の問題点の把握を行い、関連法制度の見直しを始めとする必要な措置を講ずること。」とする付帯決議を可決成立させる必要がある。
 【期限】2021年12月時点では、2022年夏に日本政府の初回審査が予定されていた。現在は、新型コロナウィルス感染拡大に伴い未定となっている。
④ 非理性を包摂した法体系のあり方に関する議論の開始
 従来の精神障害法は、理性がない状態の者を法律から除外して成立する仕組みに依拠しており、刑事責任無能力や制限行為能力のように個人の疾病に根拠をおく医学モデルに依拠したものであった。このように法律が前提とする人間像は、理性的な人間であり、精神障害者は排除されなければ成立しない仕組みとなっている。社会モデルの観点に立てば、精神障害者を治療して理性的にさせるのではなく、理性を前提とした法体系のあり様こそ問い直す必要がある。非自発的入院の廃止に向けては、非理性を包摂した法体系のあり方に関する議論を開始して、対案を明らかにする必要がある。
⑤ 医療基本法の制定
 同決議は、「精神保健福祉法の廃止」を掲げている。全国「精神病」者集団は、その実行手段として医療基本法の制定を提案する。医療基本法には、医療関連法規の見直しに関する規定を設ける必要がある。当該規定の下では、精神保健福祉法の廃止を含むかたちで精神科医療を一般医療に編入するための検討をおこなえるようにする。
 【期限】医療基本法の制定時期は未定である。しかし、第8次医療計画の検討が本格化する2022年中に制定されていなければ実効性の観点から疑問が生じる。

5.ポイント
 全国「精神病」者集団の見解のポイントは、非自発的入院廃止と緊急避難法理等による非同意入院の削減を別枠で考えた点にある。前者は、同条約の総括所見をベースにして比較的早い段階で実現させるべきと考える。後者は、医療計画に基づき都道府県を実施主体にして段階的におこなうべきと考える。また、非同意入院は、恣意的運用を防止するためにソフトロウを策定するなど、中身に踏み込んだ議論が必要となる。

◆参考資料:精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議(2021年10月15日)
https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2021/2021.html