日本精神科病院協会の声明に対する見解

関 係 各 位

 時下ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 日本精神科病院協会(以下、「日精協」とする。)が「令和3年(受)第526号上告受理申立て事件に対する最高裁第3小法廷の不受理決定について」と題する声明を出しました。当該声明は、精神科病院における身体拘束中の死亡事故について損害賠償を認めた名古屋高等裁判所金沢支部判決の上告を棄却する最高裁判所決定に対して向けられたものです。また、当該声明の主張は、主として① 判決は精神保健指定医の裁量に過度な制限をもたらすものである、②判決が想定する人員体制は非現実的である、③入院者を受け入れられなくなり患者が不利益をうける、というものになっています。
 この声明は、下記の点で問題があると考えますので、関係各位におかれましては理解を深めてくださいますと嬉しく思います。

1.精神保健指定医の裁量は一般医事法理の適用を免責させるようなものではない
 日精協の「判決は精神保健指定医の裁量に過度な制限をもたらすもの」という主張は、法律を間違って理解していることに基づいています。
 まず、判決文には、「精神保健指定医の(身体的拘束に関する)治療的判断が、その裁量を逸脱して違法である」とあり、精神保健指定医の裁量それ自体は認めた上で、被告病院が、その裁量を逸脱していたために責任が発生したという内容になっていることがわかると思います。よって精神保健指定医の裁量を制限した判決と読むべきではなく、もとより、精神保健指定医の裁量は医事法理の中で決められていたものであると読むのが適当です。
 また、精神保健指定医の裁量は、あくまで一般的な医事法理の下で認められているのであって、37条1項大臣基準の位置付けも医事法を念頭におきながら、さらに厳格な手続きとして定められたものとなっています。
 精神保健指定医は、医事法理の適用を受けないほどの裁量までは認められていません。そのため、判決が精神保健指定医の裁量を過度に制限したわけではありません。

2.過誤の有無についての論拠が未完成であること
 先述した通り、もとより精神保健指定医の裁量は、従来においても、そこまでの裁量は認められておらず、判決文の一部を抜き取って裁量への過度な制限であると主張するのは適当ではありません。
 本件に限っては、被告病院側が37条1項大臣基準に従って行動制限したといい得るだけの高い蓋然性のある証拠を示し得ておらず、一般的な医事法の考え方に基づき過誤を認める判決になったものと考えるべきでしょう。とりわけ、日精協は声明において「多動又は不穏が顕著な場合」の不穏の中身までは態度が明らかにされていますが、それが顕著であったかどうか、何をもって顕著と言いうるのかまでは、態度が明らかにされていません。
過誤の有無について裁判所とは別の見解を述べるのであれば、最低限、これら形式面をきちんと理論形成してから公表する必要があります。そのため、日精協の声明は、過誤の有無についての論拠が未完成のまま、見切り発車したかたちになっています。

3.精神科病院でしか通用しない常識があることを彷彿させる弁明
 山崎会長は、記者会見の場で「裁判官は精神科病院を見たことがない」旨を発言されたようですが、このように精神科病院でしか通らないルールがあるかのような言い方をしてしまうと、逆に精神科医は一般社会のルールを知らないのではないかと疑われることになるのではないかと思います。
 被告側病院は、行動制限を開始できる程度の病状であったと考えていたようです。しかし、裁判所は、行動制限を開始することに疑義を持つに値すると判断したため、被告病院側の主張は大部分が斥けられました。ここに精神科病院の内側と外側の認識の差異が如実にあらわれる結果になったのだと思います。
 むしろ、精神科病院こそ、一般医療に近づくために、従来の慣習を改めていく必要があるのではないかと思います。

4.精神障害者を受け入れるのは誰であるべきか
 日精協声明の最大の問題点は、社会が精神障害者を排除しており、精神障害者を受け入れるのは精神科病院であるというドグマに陥っているところにあります。本来、精神科病院関係者は、精神障害者に係る問題をなんでもかんでも精神科病院に押しつけないでほしいと主張すべきだし、医療外のことは病院ではなく社会が担うべきであると主張しなければならないはずです。しかし、日精協声明からは、精神科病院があらゆる問題を引き受けてきたことを誇りにさえ思っている節を禁じ得ません。
 もちろん、ある意味では、精神科病院が社会の闇を一身に背負ってきたともいえなくはないですが、本来は社会がもっと精神障害者とかかわりを持つべきです。精神科病院が世の中にとって便利に機能すればするほど、精神障害者と社会の接点は閉ざされていくことになります。当然ながら医療体制は患者の受入態勢のことであり、受入態勢が十分でない状態では患者の受け入れはできません。精神科病院が何もかもをできるわけではないという観点に立ち、判決を肯定的に受け止めることが必要であると考えます。
以 上