【資料】障害者虐待防止法改正の論点整理

1.障害者虐待防止法の改正をしない理由について
 厚生労働省は、同法附則第2条の検討の結果、①障害の有無に関係なく利用する機関においては、障害者への虐待のみが通報対象となる不整合が生じることと、②各機関における虐待に類似した事案を防止する学校教育法や精神保健福祉法等の既存法令と重複する部分の調整の必要性が生じることの2点を挙げて法改正を見送ることとした。しかし、政府による法改正しない理由は、理由にまではなり得ていない。
(1)障害者への虐待のみが通報対象となることへの不整合の有無について
 障害者虐待防止法には、使用者による虐待を定めている。仮に障害者への虐待のみが通報対象となる不整合が問題とされるなら、職場において障害者への虐待のみが通報義務にされることの不整合という議論さえも起こり得るわけである。その意味では、法改正しない理由と本法律の立て付けとの間で深刻な矛盾が生じている。
(2)既存法令と重複する部分の調整が必要かどうかについて
 通報義務及び通報者保護は、障害者虐待防止法に定められた特有の制度であり、既存の制度による対応が不可能となっている。精神保健福祉法における精神医療審査会制度は、申立人が本人と家族に限られており、通報者保護もなく、制度の趣旨自体が虐待防止を目的としているわけではない。また、仮に精神医療審査会の機能と一部オーバーラップしていたとしてもオーバーラップしても良いと整理することができるはずである。肝心なのは、各制度の窓口間の連携でなければならない。

2.精神科病院については精神保健福祉法で対応すべきとの答弁について
 厚生労働省が法改正に踏み切らない本当の理由は、①所轄省庁及び部局との調整に躊躇していることと、②日本精神科病院協会をはじめとする病院団体との調整への躊躇の2点によるところが大きい。
(1)行政内の所轄問題について
 精神科病院を所轄しているのは、精神・障害保健課である。障害福祉課としては、精神・障害保健課との調整に躊躇しているのかもしれないが、同じ障害保健福祉部であり法務省や文部科学省との調整と同じレベルで論じられるものではない。仮にその主張が通るなら「障害者虐待防止法の使用者による虐待は労働局ですべき」という議論さえも起こり得るわけで明らかに矛盾する。精神・障害保健課の事務をおこなう都道府県の部局は、多くの場合、障害福祉課の事務をおこなう都道府県の部局と同じ部局内にあり、混乱が少ないことが明らかである。そのため、精神科病院に限っては、法改正を困難せしめるほどの所轄問題が生じているとは言い難い。
(2)病院団体との調整について
 日本精神科病院協会は、非医療専門職から見たら身体拘束等の行動制限と虐待の判別が困難であり、精神医療審査会での対応が求められるものとしている。しかし、虐待は処遇ではない。身体拘束等の行動制限は、精神保健福祉法第37条第1項において厚生労働大臣が定めた基準に基づく処遇という位置づけを得ている。兵庫錦秀会神出病院の事件に代表されるような深刻な虐待は、同基準に基づく処遇には該当し得ない。同事件のような深刻な虐待が医療行為でないことは一目瞭然である。そのため、制度的、実際的に見ても医療者が立ち入らずとも外形的に見て判別が可能であることは自明と言わざるを得ない。

3.精神保健福祉法で対応することの問題点
 1~2の論点から精神科病院における虐待防止を精神保健福祉法で対応すべきとする政府の理由は、理由とはなり得ていないことが指摘できた。
 精神科病院における虐待は、精神保健福祉法体制という精神保健指定医の判断に依拠した閉鎖的な制度設計の帰結によるところが大きい。外部の目が届かない閉鎖的な環境では、医療者の集合的なモラルの低下を招きやすい。そのため、精神保健福祉法体制の外部からのチェックにこそ効果が期待される。

◆障害者虐待防止法附則第2条検討概要資料
https://jngmdp.net/wp-content/uploads/2021/09/障害者虐待防止法附則第2条検討概要資料.pdf