【解説】精神保健福祉法改正と「にも包括」検討会報告書

1. はじめに
2021年3月18日、厚生労働省は、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会報告書――誰もが安心して自分らしく暮らすことができる地域共生社会の実現を目指して」を公表しました。この報告書には、同年2月15日に公表された「報告書(素案)」の段階には存在しなかった次の一文があります。

「なお、本報告書では精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築の推進に関する事項を取りまとめたが、これまで精神保健医療福祉領域で課題とされている、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号。以下「精神保健福祉法」とする。)に規定する入院に関わる制度のあり方、患者の意思決定支援や患者の意思に基づいた退院後支援のあり方等の事項については、別途、検討が行われるべきである。」(p.3)

この一文が入った経緯を含めて、この間の精神保健福祉法改正の動向について報告したいと思います。

2. 背景となる津久井やまゆり園事件の再発防止策
 2016年7月、津久井やまゆり園事件が発生しました。事件後は、容疑者(現在は死刑囚)の措置入院歴に注目が集まり、再発防止策を契機とする措置入院運用や退院後支援が盛り込まれた精神保健福祉法改正法案が第193回通常国会に上程されるに至りました。全国「精神病」者集団や日本弁護士連合会が中心となって反対運動を形成したことで、約36時間の審議を経て継続審議となり、その後は廃案となりました。
 第196回通常国会では、精神保健福祉法改正法案が内容を変えずに上程される見込みであることがわかり、連日にわたって与党を中心とした集中ロビー活動をおこないました。その結果、政府は精神保健福祉法改正法案の上程を断念しました。これによって精神保健福祉法改正法案は、内容を変えなければ再上程できない状態になりました。
 しかし、措置入院の運用と退院後支援の整備にかかわる政策は止まりませんでした。2018年3月27日、厚生労働省によって「措置入院の運用に関するガイドライン」と「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン」が公表されました。両ガイドラインは、あくまで津久井やまゆり園事件の再発防止を契機としたものでした。これらは、法改正をせずとも、ガイドラインで推し進めることができたのです。なお、一時は、運動内でガイドラインを法改正の先取りと見る動きもありましたが、法改正を狙っている/いないなど関係なく政策自体は進められるわけであり、法改正と絡めるのは適切な情勢分析に支障をもたらす点で見立て違いと言わざるを得ません。

3. にも包括と退院後支援
 2019年4月より両ガイドラインの実施に係わる素材づくりや実施状況のモニタリングは、「地域精神保健医療福祉体制の機能強化を推進する政策研究」に検討の場が移されました。ここでは、主にグレーゾーンや措置入院の運用に関する協議のあり方が話し合われました。そのかんに診療報酬の改定で退院後支援の加算が新設され、2020年度からは精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築推進事業の補助金の対象になりました。退院後支援ガイドラインは、医療保護入院や任意入院を対象としているというのに、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築推進事業」(補助金事業)と診療報酬は措置入院者を対象としています。これは津久井やまゆり園事件の再発防止に影響を受けているからにほかなりません。
 また、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築支援事業」(委託事業)により作成された『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築のための手引き(2019 年度版)』には、退院後支援のモデル事例として鳥取県の取り組みが紹介されています。「鳥取県措置入院解除後の支援体制に係るマニュアル」は、廃案になった精神保健福祉法改正法案が審議入りする前の 2017年3月に公布されたものであり、「再発防止策」という点が活字で明文化されています。内容は、法案審査の内容を反映した「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン」とも大きく異なり治安的な印象を否めません。現在、精神障害にも対応した地域包括ケアの下で運用されている退院後支援は、全体的に治安的な方向に進んでいる印象をぬぐいきれません。

4. 精神保健福祉法改正を見込んだ「にも包括」の検討
 そのようなか、2020年3月、第1回目の精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会が開催されました。精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(通称、にも包括)は、精神保健福祉法改正法案が廃案になり、運用状況を見ながら出し直しを目指すと当時の厚生労働大臣が答弁してからの約3年間経過するなかで、①第4次障害者基本計画の一部、②第6期障害福祉計画及び第1期障害児福祉計画に基づく国の指針の一部を検討するという位置付けを得て出発したものでした。
 2021年2月の第8回検討会では、「報告書素案」の検討がおこなわれました。報告書素案は、精神保健福祉法第47条第3項の見直しを示唆するものでした。ちょうど、廃案になった精神保健福祉法改正案も第47条の地方公共団体による相談条項を改正して措置入院者退院後支援計画が書き込まれたものでした。報告書は、にも包括検討会にからめた事実上の廃案になった精神保健福祉法改正案を提言するものになりはしないかと危惧しました。法改正のポイントとしては、①保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領の見直し、② 精神保健福祉センター運営要領改正の見直し、③それに伴う精神保健福祉法47条4項の見直し(市町村の役割を明確化すること)、④具体的な事項はガイドラインを作成することとなっていました。第9回検討会の会議が開催されました。この会議をもって、表向きは報告書が確定されました。
 全国「精神病」者集団は、合計3回にわたって要望書を出し、さらには3月9日に開催された立憲民主党つながる本部障がい・難病PT役員会における厚生労働省との意見交換にも出席して修正意見を出しました。

5.成果と課題
 結果として修正意見のいくつかは、反映されました。そのひとつが、にも包括検討会報告書をもって中心的アクターが精神保健福祉法改正に合意したとみなされない効果を持つ冒頭の一文です。その他、利用者本人の決定なしに個人情報が保健所等に流されないように歯止めをかける文言をいれました。まだまだ、いつどのようなかたちでこの問題が息を吹き返すかわかりません。政府は、国会上程前から検討を続けています。法改正のときに国会に結集するだけではなく、こうした地道な取り組みにも一緒に取り組んでいけると嬉しいです。