「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」報告書に関する第一次要望書

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長 赤澤 公省  様
〃     精神・障害保健課長 佐々木孝治 様
精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会
座長 神庭 重信 様

 日ごろより精神障害者の地域生活、施策にご尽力くださり心より敬意を表しております。
 さて、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」(以下、「検討会」とする。)は、残すところ3回となり、同検討会報告書(以下、「報告書」とする。)の取りまとめの時期に差し掛かってきました。報告書は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の見直しの提言が予定されているものと理解しています。
 つきましては、精神障害者の生活に係る法制度が障害者の権利に関する条約の趣旨を鑑みたものとなるように、下記のとおり要望を申し上げます。

(1)社会モデル
 障害者基本計画には、社会モデルを基本とする旨が明記されています。報告書においても、「社会モデルを基本とする」という立場を明記するとともに、全体を通じて社会モデルの観点からまとめてください。

(2)当事者参画
 第6回検討会において「精神障害者や家族などの当事者の参画が必要である」旨の意見が複数の構成員から出されました。そのため、報告書においては、精神障害者や家族など当事者参画を明記してください。
 精神障害者の当事者参画については、障害者団体の参画という表記で明記してください。また、障害者団体とピアサポーター(ピアサポート研修を受けて障害福祉サービス事業所等に雇われた精神障害のあるスタッフのこと)は、まとめて「当事者」と表記するのではなく、それぞれの役割の違いに注意しながら「障害者団体」と「ピアサポーター」の両方を明文表記にしてください。

(3)障害者の権利に関する条約の履行
 締約国は、国連障害者の権利に関する委員会が出した一般的意見やガイドラインを尊重することとされています。報告書には、検討プロセスにおいて国連障害者の権利に関する委員会第14条ガイドラインを尊重したことがわかるように参考までにパラグラフ7を引用・要約して明文にしてください。また、国連障害者の権利に関する委員会が出した初回の日本政府報告に関する質問事項パラグラフ13を引用してください。
 その上で報告書には、必ず同条約第36条第1項及び第39条に基づく提案及び一般的な性格を有する勧告が出された場合には、その内容に従って関連法制度の見直しを検討し、法改正を含む必要な措置を講じることについて明文化してください。

(4)ピアサポートの活用
 ピアサポートの活用については、障害福祉サービス事業所の安価な労働力に陥らせないためにも独立性を担保する必要があります。また、他職種との立場の違いを生かしたかたちで障害福祉サービス事業等における業務への携わり方を模索するためのビジョンを示す必要があります。その具体的な方法としては、役割の明確化、研修の確立、報酬の付与、ピアサポーターの組織化、障害者団体との連帯、団体としてのピアサポートなどです。報告書には、研修のブラッシュアップや見直しについて明記してください。

(5)人材育成
 ピアサポート研修については、ピアサポートの価値と当事者活動の歴史の科目をカリキュラムの中心に据えてください。
 人材育成のための研修コンテンツ等の作成プロセスについて、精神障害領域に関しては、主だった障害当事者団体の参画が得られているとは言い難い状況にあります。とくに今後は、障害当事者団体とどのようにパートナーシップを組むのかなどをプログラムにしていく必要があります。人材育成については、ピアサポートに限らず障害当事者団体の参画が不可欠です。そのため、保健所設置自治体及び市町村、専門職に限らず障害者団体とのパートナーシップを組むための人材育成を入れ込んでください。

(6)退院後支援
 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の報告書を契機として「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」の報告書に退院後支援が書き込まれました。第193回通常国会に提出された精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を見直しする法律(案)に明文化されたものの廃案となり、「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン」の運用状況を見て法案の出し直しをすることとされました。
 退院後支援は、事件の再発防止を契機として成立した経緯があり、精神障害者と犯罪と結びつける偏見が助長され、医療現場が治安的に歪められてしまわないかと憂慮します。これは、193回国会で法案概要資料の趣旨部分が削除されるなど問題になり、現在のような法改正の大幅な遅延を帰結しています。参議院先議の法案が継続審議から廃案になるのは憲政史上初のことであり、その後の法改正の遅延も前代未聞の出来事です。このことは、重く受け止めなければならないはずです。
 退院後支援ガイドラインは、医療保護入院や任意入院を対象としています。しかし、補助金事業と診療報酬は措置入院者の退院後支援だけを対象としています。また、『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築のための手引き(2019 年度版)』には、退院後支援のモデル事例として鳥取県の取り組みが紹介されています。「鳥取県措置入院解除後の支援体制に係るマニュアル」は、廃案になった精神保健福祉法改正法案が審議入りする前の 2017年3月に公布されたものです。内容は、法案審査の内容を反映した「退院後支援ガイドライン」とも大きく異なります。現在、運用されている退院後支援は、全体的に治安的な方向に進んでいる印象を強く持ちます。報告書においては、
①退院後支援は相模原事件の再発防止策を契機としたものである旨を明文化することで、本制度の課題の所在を明確にしてください。
②精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の見直し、保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領の見直し、精神保健福祉センター運営要領の見直しの文脈で退院後支援を書き込まないでください。

(7)保健所及び市町村、精神保健福祉センター
「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の報告書が想定する措置入院後のフォローアップ(退院後支援)は、結果としての犯罪防止を想定しており、支援と称した監視を彷彿させるような内容でした。第6回にも包括検討会資料「これまでの議論の整理」では、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築の主体が市町村であることを基本とし、保健所や精神保健福祉センターが専門的な立場から市町村を重層的に支援する体制が必要であるとされます。
 保健所には、所長が必要と認めた場合に同意なしに訪問できる「危機介入的訪問」があり、犯罪防止や監視のための運用に歯止めをかける規定がなく、同規定に基づいて「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の報告書の想定する退院後支援が実施されまいかと深刻に憂慮します。また、市町村は重層的支援と称して保健所による犯罪防止や監視のための運用への入り口のように機能しまいかと深刻に憂慮します。
 にも包括は、市町村と医療機関、保健所の連携をデフォルトにしています。たしかに、個別事案によっては、連携が必要なケースがあることは認めます。しかし、デフォルトで連携体制をシステム化することには異議があります。医療機関と保健所には、非自発的入院や危機介入的訪問といった強制力があるからです。
 また、個々の支援課題(住まい、就労、障害福祉サービス)は、解決すべきであることを認めますが、その方策として医療機関や保健所との連携体制をシステム化することには異議があります。非自発的入院や危機介入的訪問といった強制力がある医療機関や保健所が住まい、就労、福祉サービスにわたって全てに入ってくるということは、日常生活に望まない医療や保健が入ってきてしまうことを意味するからです。こうした地域包括ケアシステムが構築されることは、多くの精神障害者が恐怖に感じ、医療不信につながり得る点で深刻な問題があると言わざるを得ません。医療や保健の役割は、もっと限定的でよいはずと考えます。
①保健所設置自治体を中心とした連携体制ではなく市町村を主体とし障害者総合支援法を基本としてください。
②協議の場の活用を限定的なものに位置付けるとともに自立支援協議会の活用を基本としてください。
③市町村が医療機関や保健所の強制力行使のための入り口のように機能することがないように歯止めをかけてください。
④医療機関や保健所の連携は、必要な場合に限り連携することができるといったかたちで限定的なものにしてください。また、医療機関や保健所との連携体制を前提としたシステムの構築はしないでください。
⑤保健所による未治療者・治療中断者の専門的相談については、退院後支援ガイドラインに準じて本人からの同意なしに支援計画を立てるようなことを絶対にしないでください。

(8)地域移行と病床削減
 現行の算定式では、1年以上在院者を長期入院と定義してきます。しかし、実際に入院させられる私たち精神障害者にとっては、2ヶ月であっても非常に長期間であると感じています。
 また、障害福祉計画の国の指針には早期退院率1年以内92%が書き込まれています。これでは、新規入院者の約15人に1人が新たに1年以上長期入院になっていくことを意味します。長期入院は、原則としては不要なはずです。そのため、新たな長期入院者が作り出されないような計画にする必要があります。
 報告書には、上述の課題を示唆しつつ基準病床算定式の見直しが必要である旨を書き込んでください。
以 上