私たちは民法改正による意思無能力法理の明文化に反対します

私たちは民法改正による意思無能力法理の明文化に反対します

 私たち全国「精神病」者集団は1974年に結成した精神障害者の個人及び団体で構成する全国組織です。私たち精神障害者は、たびたび疾病などの機能障害を根拠として社会から判断能力がないと見なされ、自分で自分のことを決めることが許されず、他の権限を有する人(医師や家族、成年後見人等)による代理決定を強いられてきました。このことは、私たちにとって非常に屈辱的な経験であったため、国際レベルの運動を展開して改善を訴えました。その結果、障害者権利条約が国連において採択され、機能障害を理由として自分で自分のことを決める権利を侵害することが人権侵害であることが確認されました。
 さて、法務省は法制審議会民法(債権関連)部会において民法改正に向けた議論を始め、2015年2月10日には、「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」が公表されました。当該要綱案には、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」として意思能力を明文化することが提言されています。明文化の根拠として「高齢化社会の進展に伴い、判断能力が減退した高齢者をめぐる財産取引上のトラブルが増加し成年後見制度等によって一定の対応を図ることができるが、判断能力の低下した高齢者のすべてにこれらの制度の利用を求めるのは非現実的である。そのため、判断能力が低下した高齢者をめぐる財産取引上のトラブルに対応するための規律として、意思能力に関する規律の重要性が高まっている。そこで、これを明文で規定するのが相当である」とされています(註1)。
成年後見制度の立法事実には意思無能力による法律行為の無効が取引社会の安全を脅かすことが第一義的にあげられています。それ以外の事理弁識能力のない人の財産保護といった立法趣旨は、本来なら民法の意思能力に帰属するものです。すると意思無能力を明文化することは、取引社会の安全という成年後見制度の立法事実を明示的に採用することを意味し、成年後見制度の利用拡大・促進へと政策を方向づけることになります。成年後見制度の利用促進は、国連障害者権利委員会(註2)や障害当事者団体(註3)を中心に障害者権利条約第12条の観点から問題であるとされており、また、第190会通常国会において審議された成年後見制度利用促進法案及び家事手続法改正案には、障害者団体や新聞各社から多数の反対意見が上がり、付帯決議の可決に至っています。意思無能力法理の明文化は、既に多くの問題を指摘されている成年後見制度に対して、なんら見直すことなく促進の方向づけを与えるものであり、納得できるものではありません。よって私たち全国「精神病」者集団は、「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」の意思無能力法理の明文化に全面的に反対するとともに当該箇所の削除を求めます。

註 1 法務省『法案要綱たたき台(7)』法制審部会資料73‐A、2014年1月14日
2 国連障害者権利委員会『一般的意見第1号』2014年3月31日-4月11日、para,11, 12, 13
3 2009年9月、日本障害フォーラムと日本政府の意見交換会

2016年5月10日