【緊急声明】救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドラインに対する見解

 2026年2月27日、終末期医療に関するガイドライン改訂委員会(日本集中治療医学会/日本救急医学会/日本循環器学会/日本緩和医療学会の4学会合同・伊藤香委員長)は、「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」(以下、「改訂ガイドライン」とする。)を公表し、医療関係者、患者、家族等、団体、行政関係者などを対象としたパブリックコメントの募集を開始しました。
 改訂ガイドライン案に対して即時撤回・抜本的再検討を求める立場から以下のとおり、見解を明らかにいたしますので、障害・難病関係団体におかれましては、万象繰り合わせて見解を明らかにされることを求めます。また、同4学会におかれては、患者・当事者の意見を重く受け止め、患者・当事者を交えて即時撤回と抜本的再検討を求めます。

⑴ 障害のある生存を苦痛と表現する差別性
 改訂ガイドライン案は、「患者本人の価値観の尊重」の名の下に、人工呼吸器装着や血液透析などが必要な障害をもって生きていくことを「苦痛」という言葉で表現し、生命維持治療を終了/差し控えの検討等について定めたものとなっています。これは、障害者をはじめとする治療技術の進歩によって長期生存が可能になった人々の生存を否定的なものと得ることを前提としており、ともすれば、旧優生保護法の過ちや津久井やまゆり園の植松聖死刑囚の犯行動機とも通底する危険性を孕んでいます。

⑵ 差別意識を内包した患者の価値観に対する無関心
 難病等によって障害者になった人の中には、「こんな状態で生きていたくない」と言う人たちがいます。私たちは、障害者なので、障害を持って生きることの辛さはとてもよくわかっています。しかし、だとしても「こんな状態」という言い方は、極めて差別的であると考えます。要は、「障害をもって生きていたくない」と主張しているに他ならないです。そして、そのような価値観に同調することも、集団で差別に同調していることに他ならないのだと考えます。

⑶ 司法的な課題
 判例においては、「終末期」であることが殺人罪等の成立を回避する要件のひとつであるとされてきました。「終末期」の範囲は、死期が切迫している状態とされてきました。そのため、人工呼吸器を装着することで長期生存が可能となり、障害者として予後を生きていける人は含まないものと考えられてきました。この考え方が歯止めとなって、障害者として生きていける人々の生命の法益が保護されてきました。
 しかし、改訂ガイドライン案は、終末期の概念を判例の蓄積を無視して、いたずらに曖昧なものへと書きかえています。これによって従来の判例では、対象とれてこなかった障害者らが、新たに生命維持治療終了/差し控えによって死なす対象へとなりました。しかし、学会が独自に判例を読み替えることなどできようはずもありません。そうなると、改訂ガイドライン案の通りに運用した場合、同意殺人罪が成立し得る余地が相当程度に残されることになります。少なくとも現時点では記載すべき内容ではないと考えます。

⑷ 自殺との整合性
 全身が動かない人たちは、たびたび「自殺することもできない」と口にします。自殺したい人の気持ちは、とても理解できます。また、自殺したくてもできない辛さもよくわかります。しかし、自殺は、自殺対策基本法や精神保健福祉法において防止されるべきものと位置付けられており、その意味では、自殺はするべきじゃないし、自殺はできなくていいのです。誰かから涙ながらに死にたいという訴えがあったとしても、気持ちを受け止めるまでにとどめて、本当に死なすための策を検討してはなりません。

⑸ 自傷のおそれを要件とした入院治療との整合性
 現在、精神保健福祉法に基づく入院制度の見直しが進められています。現行制度においては、自傷の恐れが入院治療開始の要件とされています。そのため、生命維持治療終了/差し控えについては、自傷のおそれ要件との関係で整合性が問われることになると考えます。
 なお、今後は判断力の有無にかかわらず必要な治療が開始されるような仕組みに改められるべきであり、医療同意が有効となる範囲について医療制度全般との整合性が課題になります。その意味では、少なくとも、「目の前の患者が望んでいるから」だけでは、生命を左右するようなことを決める理由にはなり得ないと考えられるべきです。

⑹ 障害者権利条約の趣旨に反する内容
 改訂ガイドライン案では、患者本人の価値観などを参考にしつつも、つまるところは最善の利益(Best interest)に基づく代理決定が前提とされています。最善の利益は、障害者権利条約第12条第4項の趣旨に違反するものとされています。改訂ガイドライン案は、最善の利益に基づく代行決定を前提としているため、障害者権利条約の趣旨に反しています。

⑺ 旧優生保護法違憲訴訟の基本合意に基づく再発防止の観点の不在
 2024年7月3日、最高裁判所は旧優生保護法を成立時から違憲であったとして賠償を命じる決定を下しました。政府は、旧優生保護法問題の全面的な解決に向けた施策等の検討を定めた基本合意を締結して関連訴訟とも和解しました。
 基本合意書には、旧優生保護法問題の全面的な解決に向けた恒久対策として、①被害者の被害回復、②真相・原因究明、③偏見・差別の根絶のための施策実施が盛り込まれています。改訂ガイドライン案は、旧優生保護法問題を省みておらず、同様の問題を引き起こしていることに無自覚と言わざるを得ません。旧優生保護法も、当時は障害者を哀れむ姿勢から、よかれと思って優生手術等がおこなわれてきました。障害を持って生きることを苦痛であるとして、死ねるようにするだとか、はじめから産まれないようにするだとか、その考え方こそが差別的だと思います。
 なお、旧優生保護法を国会に提出した議員と日本安楽死協会を創設した人物は同一人物であり、思想的にも通底しています。

⑻ 障害者が暮らしにくい社会をつくるもの
 改訂ガイドライン案下では、人工呼吸器を装着する人が増えるのではないかと思います。その一方で人工呼吸器や血液透析を途中でやめる人が相当数でてくることになると思います。結果として、障害を持って生きる人の総数は、今以上に減っていくことが懸念されます。障害者の総数が減れば、障害者との接点や配慮する機会もあわせて減っていくことになるため、社会のありようも健常者中心に傾いていきます。時間を経ることで社会は、障害者がいるということを意識しなくなってゆき、標準的な人間像から漏れた人が生きずらい社会ができあがっていきます。
 障害を持って地域生活する人が増えていくことこそが、障害者が住みやすい社会へとあり方を変えていくことにつながります。なので、苦痛があろうとも、そこに障害者が生きて存在していることこそが、とても重要なことなのです。
 以 上