Ⅰ 障害者が望む社会/障害者として目指していくべき社会
・私たち障害者は、障害を持ったまま障害の有無にかかわらず共に生きる包摂社会を目指している。
Ⅱ 包摂社会における医療
・包摂社会における医療は、障害を持った状態での生存・生活を可能とするためのものである。主な効果としては、生存の危機回避と、その範囲における苦痛の除去である。
・具体的には、治らないものを無理に治そうとしないこと、障害を持って生きる選択肢を放棄する患者から言われるがまま治療中断しないこと、障害を理由に医療機関から受入拒否されないこと、障害を理由に他の者と異なる同意手続きを強いないことなどが求められることになる。
Ⅲ 入院医療提供体制への意見
⑴主たる対象者像
(前提の確認)
・医療の目的は、生命の危機回避や苦痛の除去である。言い換えれば、社会規範への適合・社会防衛は目指すべきではない。
(治療反応と健康保険原理)
・治療反応性のない者については、慢性期・療養と称して入院医療の対象にするべきではない。治療反応がないのにもかかわらず、国民一人一人から徴収して成り立つ健康保険料を消化して入院医療にとどめおくことは、健康保険原理上、認められるべきものではない。
(合併症)
・合併症に対しては、それぞれの疾患の入院医療の必要性に応じて入院させることとする。例えば、強度行動障害があって透析で入院医療が必要な患者の場合、従来なら旧滝山病院のような透析が受けられる精神科病院に入院させていたわけであるが、これを改めて、入院中の重度訪問介護を利用しながら透析科・泌尿器科に入院し、精神科医が訪問診療するなど、疾患やニーズに対応したかたちで入院医療を提供することが求められる。
(強度行動障害)
・強度行動障害については、基本的に障害福祉サービス等による地域生活支援の対象に位置付けることとし、入院医療に頼らずとも地域生活できるようにしていく必要がある。強度行動障害をもっぱら入院医療の対象にすることは、精神科医療を社会防衛のために使うことと等しく、かつ、精神科病院に依存することで地域と精神障害者の関わりが希薄になり、共生社会の実現を困難せしめることになる。
(認知症)
・認知症については、もっぱら入院医療に依存することがないよう地域生活の対象と位置付けられるべきである。例えば、初期症状や軽度の場合、通院医療を中心とした地域生活支援が推奨されるべきである。また、中核症状が重症ではないのに、行動・心理症状のみが顕著とされる場合についても、地域で支援を受けながら通院医療とすることが推進されるべきである。
⑵入院医療機能
(入院医療機能の種類)
・入院医療機能は、急性期医療機能と回復期医療機能の2類型が望ましい。
急性機機能:救急を含む急性期の時期に医療を提供し早期の退院を目指す機能。
回復期機能:急性期を超えた患者に対して医療を提供し早期の退院を目指す機能。
(慢性期機能のダウンサイジング)
・慢性期機能については、比較的短期間のうちに大幅に縮減し、残された病床も回復期機能へと移行させるべきである。
・精神科医療を地域医療構想の対象に位置付けるとともに、病床機能報告制度を活用しながら縮減すべき慢性期機能の病床を効果的にダウンサイジングできるようにするべきである。
⑶人員
・良質な精神科医療の提供には、入院者と話しをする時間が必要であり、そのための人員が不可欠となる。入院基本料には、7対1の新設する必要がある。
・精神疾患に対応した重症度医療看護必要度判定基準を作成する必要がある。
・人員標準は見直すべきである。なお、人員標準の見直しは、精神医療だけを別枠としてきた政策構造を象徴するものであり、この仕組みを見直すことによる社会的影響こそが重要なのであって、直接的に現実の人員を増やせるか否かを問題にするまでもなく見直すべきである。
・入院医療については、精神科病院だけでは対応が困難になることもあるため、病院外との連携を推進する必要がある。
⑷病床数と立地条件
(基準病床算定式)
・基準病床算定式については、社会的入院者が慢性期入院医療需要の対象に含まれないように慢性期入院医療需要の考え方を抜本的に見直すとともに、病床のダウンサイジングが適切に進むようなものへと改めるべきである。
(郊外にある実病床と病床数の関係)
・郊外(山奥)に建設された精神科病院が保有する病床については、地域からの隔絶が懸念されるため原則として使わないこととし、都道府県政令市・圏域ごとの必要病床数の範囲内で市街地に移設するなどして稼働できる仕組みを導入する必要がある。
⑸非自発的入院の縮減
(丁寧な説得)
・入院医療が必要な患者に対しては、本人の同意による入院が基本であることから、第一に医師が丁寧に説得をするところからはじめるべきである。また、本人の同意による入院の説得が要件化されるか、もしくは、報酬等で評価される仕組みが必要である。
(医療計画の指標例)
・第8次医療計画の指標例には、非自発的入院の縮減のための指標例が新設されるべきである。
(任意入院の課題)
・虐待等の不祥事が発生している病院では、長期入院の任意入院者が多い傾向にあるため、任意入院に対しても第三者の目が入るような仕組みが必要である。
⑹長期入院の解消
(早期退院率)
・障害福祉計画に係る国の指針の早期退院率については、第7期計画の91%から98%以上へと改めるべきである。新規入院者のうち9%が新たに1年以上長期入院になるような指標は、政策の方向性を捉えにくくするものであり極めて問題である。
(地域医療介護総合確保基金の活用)
・地域医療介護総合確保基金を活用して精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築や病床のダウンサイジングを推進するべきである。
(報酬による評価)
・特定入院料は、精神療養病棟入院料や認知症治療病棟入院料の請求回数が突出して多いが、これらは、入院医療の対象にすべきでない人々に対する長期入院を報酬で後押ししているきらいが否めないため、廃止すべきである。
Ⅳ 通院医療
⑴主たる対象者像
・通院医療の主たる対象者は、入院の必要性がない精神疾患で定期的ない受診を要する者である。
⑵ 診察を受けにくい状況
・精神科通院医療を受けたくとも受けられない人々がいる。例えば、離島や医療過疎地など医師の偏在に起因するものや出張過多など患者のニーズに起因するもの、外出恐怖や昼夜逆転など疾患に起因するものなどがある。また、地域によっては、初診待機が数ヶ月にのぼる状況がある。
⑶ 方策
(医師の偏在)
・医療過疎問題については、医師の偏在を解消する必要がある。
(受診困難)
・離島をはじめとする過疎地、昼夜逆転や強迫観念等に伴う外出困難、患者の移動過多については、オンライン診療の普及が有効である。
(初診待機)
・初診待機については、オンライン診療による効果が認められる(参考資料参照)ため、オンライン診療を初診から認められるよう改めるべきである。少なくとも、特段のエビデンスが示されているわけでもないのに他科と精神科でオンライン診療の対応をわけるべきではない。
(総合診療医との連携)
・総合診療医がいる医療過疎地については、総合診療医との連携が不可欠である。なお、総合診療医は、入院医療との提携に偏重するきらいがあるため、住み慣れた地域でオンライン精神療法と総合診療医の対面による診療を組み合わせるなどして対応することが推奨されるべきである。
Ⅴ 医療提供体制の根拠法令の整備
⑴基本的な考え方
・上述の医療提供体制は、精神科医療と一般医療と同質の枠組みにした法体系の下でなければ提供できないものである。よって、医療提供体制の根拠法令については、精神科と他科との政策構造上の隔絶・分断の解消を前提に整備されるべきである。
⑵精神科と他科の整合性
(精神科医療の一般医療への編入)
・精神科医療を地域医療構想及び病床機能報告制度の対象都市、地域医療介護総合確保基金を使えるようにする必要がある。基準病床算定式については、他科の数式に近づける必要がある。報酬体系についても一般病床の入院基本料の算定方法に近づける必要がある。そして、精神保健及び精神障碍者福祉に関する法律を撤廃し、医療法の枠内で対応できるように医療制度を改革する必要がある。
(医療基本法の制定)
・患者の権利を定めた医療基本法を制定し、医療全体の在り方を見直す中で精神科の位置づけを明らかにしていく必要がある。
⑶同意のあり方
(非自発的入院制度から非同意入院へ)
・医療は、身体及び生命の法益を保護する行為であるため、侵襲の違法性が阻却され得る。ときには、同意が得られない人への非同意による医療保障も必要となる。しかし、判断能力欠如等を理由とした非同意の入院手続きを精神科病院と他科とでわける合理性はない。よって、精神障害者に特化した非自発的入院制度(医療保護入院・措置入院など)は廃止されるべきであり、全ての疾患に共通した非同意入院へと入院制度を改める必要がある。
(判断能力)
・治療が必要なのに同意が得られない場合のバリエーションとしては、意識不明や判断能力欠如などがある。現行では、意識不明を理由とした非同意手続きは緊急避難の位置付けとなり、判断能力欠如を理由とした非同意手続きは、通常なら代諾か緊急避難の位置付けとなる。なお、精神疾患が精神科病院に入院する場合に限り、精神保健指定医が判断による非自発的入院手続きとなる。しかし、身体及び生命の法益保護のための医療の必要性が一定程度自明である以上は、同意が得られない状況別に対応策を講じる必要性はなく、あくまで「医療(身体及び生命の保護)が必要なのに同意が得られない状態」という単一の要件として捉え、その場合に共通した医療保障手続きが必要とされる。
・そもそも、障害の有無にかかわらず、人間の判断能力はばらつきがあるわけであり、そのばらつきを埋めうるような個別的な支援こそ必要なのであって、判断能力の有無を第三者が判断して別枠対応とする仕組みは不要である。
(非同意入院が必要とされる精神疾患像の具体化)
・非同意の入院医療が必要なほど身体及び生命が危機的状態である精神疾患の状態像がどのようなものなのかを明らかにする必要がある。少なくとも、現時点で非自発的入院になっている人の大部分が非同意の入院医療が必要なほど身体及び生命が危機的状態ではないものと考える。
(参考資料)