私たち全国「精神病」者集団は、1974年5月に結成した精神障害者個人及び団体で構成される全国組織です。
2017年に成立した刑法改正の積み残し課題として法附則第9条に基づき性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための刑事法に関する施策の在り方について検討が行なわれています。とくに、強制性交等罪の要件である「暴行・脅迫」の見直し、同意のない性交を処罰する不同意性交罪の創設、性行同意年齢の引き上げなどに関心が向けられています。
しかし、強制性行等罪及び強制わいせつ罪は、被疑者が心神喪失等で不起訴や無罪になった場合には未遂も含めて医療観察法の対象となり得える刑罰累計です。医療観察法は、表向きは医療提供と社会復帰のための制度とされているため、冤罪であっても関係なく処遇決定を下し得ることになります。刑罰が可能な範囲と医療観察法対象者の範囲は、独立変数と従属変数の関係にあります。刑罰の対象範囲が広がれば、自ずと医療観察法対象者の範囲も広がるため、私たち精神障害者の生活に直接かかわってくることになります。
第一に、暴行・脅迫要件の見直し及び抗拒不能要件の見直しについてです。日本の刑法における強制性行等罪及び準強制性行等罪の法定刑は諸外国と比較しても極めて重い罰が規定されています。諸外国において暴行・脅迫要件のない強姦罪は存在しますが、その場合の法定刑は平均して4年以下の懲役です。法定刑の引き下げもなく、暴行・脅迫要件のみを撤廃させるでは重罰化でしかありません。諸外国並みに法定刑を引き下げるのであれば、暴行・脅迫要件と抗拒不能要件の撤廃に反対しませんが、法定刑の引き下げもなく、同要件のみを撤廃させるようなものであれば反対せざるを得ません。
第二に、性行同意年齢の引き上げについてです。日本の性行同意年齢は、諸外国と比較して、やや低めに設定されているとの指摘があります。しかし、性行同意年齢を14歳以上に設定している全ての国が性行同意年齢以下の児童に対する性行為を直ちに刑法の強制性行等罪にしているわけではありません。日本の現行法で14歳以上の児童に対する性行為は、児童福祉法や淫行条例のなかに処罰規定があり、程度の差があれども法益自体は保護されています。他方で法律に基づく未成年者の定義は18歳に引き下げられ、18歳以上で選挙権が付与されるようになった中で性行同意年齢は引き上げるでは、一貫性を欠いています。全体を通じて性行同意年齢の引き上げにかかわる立法事実は不明と言わざるを得ません。立法事実が曖昧な提言によって医療観察法対象者の範囲拡大を帰結させることは看過できません。よって性行同意年齢の引き上げには反対します。
第三に、不同意性行罪についてです。まず、この場合の同意の意味するところが明らかではないため恣意的に運用される可能性が否めません。とくに精神障害者は、同意と能力をめぐるさまざまな場面を経験しており、表示行為としての同意があれば良いという安直な考えを支持するわけにはいきません。形式面の同意に還元することが性暴力の防止につながると考えません。
諸外国と同様程度に法定刑の引き下げが議論されるべきところ、暴行・脅迫要件撤廃及び抗拒不能要件撤廃、性行同意年齢の引き下げばかりが議論されるのは、単なる厳罰化であると言わざるを得ません。ここ数年、報道がワイドショーでの視聴率の取るために、あからさまに恐怖を煽ったり、犯人の残虐性を強調したり、被害者の悲しみや怒りを情緒的に伝えるなどして、事実解明重視型の報道を怠った結果、実際のデータとはかけ離れた感覚での社会不安が高まる体感治安やモラルパニックとよばれる問題が起こってきました。
被害者の気持ちに寄り添うことは必要ですが、重罰化が問題解決の糸口であるかのような印象をもたせていく被害者感情論を利用した重罰化の風潮は支持できません。刑法改正の検討過程では、精神障害者の声を聞いた上で国民的議論をしていく必要があると考えます。
2021年4月30日