意思決定支援研修ヒアリング意見書

1 障害者の権利に関する条約について
 意思決定支援研修においては、障害者の権利に関する条約の解釈をめぐる諸問題について国連障害者の権利に関する委員会の解釈を明記し、位置付けていく必要がある。
 具体的には、①同条約の解釈及び一般的意見第一号の概要、②ペルーの実践と発展的解釈、③事前質問事項を含む第1回政府審査の概要にかかわる以下の内容である。

① 障害者の権利に関する条約の解釈及び一般的意見第一号
 日本政府は、同条約第12条第2項の法的能力を民法においては権利能力のことであり行為能力は含まないものと解釈している。また、同条約第12条第3項の「法的能力の行使」とは行為能力のことであり、成年後見制度が法的能力の行使に当たって必要な支援の一環であると解釈している。
 その一方で国連障害者の権利に関する委員会の解釈は、一般的意見第1号パラグラフ12で、法的能力は法的地位に関する能力と行使に関する能力の両方が含まれるものとされており、日本の民法でいうところの権利能力と行為能力の双方が含まれるものとされている。障害者の権利に関する委員会の解釈に従うと日本の成年後見制度は、精神上の障害と事理弁識能力を欠く常況を要件に行為能力を制限するため同条約の趣旨に違反することになる。
 「障害福祉サービスの利用等にあたっての意思決定支援ガイドライン」には、最善の利益に基づく判断のことが書かれているが、一般的意見第1号パラグラフ21では、意思及び選好の尊重に基づく解釈が必要であり、最善の利益に基づく判断は否定されなければならないものとされている。
 この点は、日本政府の解釈と障害者の権利に関する委員会の解釈が異なるため、少なくとも双方の主張を両論併記にしていく必要がある。

② ペルーの実践と発展的解釈
 ペルーでは、2018年9月に民法が改正され、障害を理由とした行為能力の制限条項が大幅に見直された。この取り組みは、障害者の権利に関する条約第12条に沿って成年後見人制度が抜本的に見直された世界初の取り組みとして注目を集めている。条約法に関するウィーン条約第33条第3項には、事後の合意、事後の慣行といった発展的解釈の規定がある。ペルーの取り組みは、事後の合意や事後の慣行にかかわりうるため、意思決定支援にかかわる者は研修を通じてとくに理解を深めておく必要がある。
 この民法改正は、Sodisという障害者の権利擁護活動をしているNGOが中心になって進めてきたものである。ペルー民法では、能力(capacity)という概念を用いておらず、かわりに識別力(discernment)という概念が同様の用法で用いられている。改革のひとつは、障害者の法的能力を制限すると解釈できる識別力条項の全削除である。識別力欠如は、事実上の障害を理由とした法的能力の制限を帰結するためである。現在では、識別力欠如を理由とした法的能力の制限条項がなくなっている。
 また、この民法改正をうけて、民事訴訟法の障害を理由とした訴訟無能力条項の削除を伴う改正もあわせておこなわれた。改正後は、法廷での手続きに参加するため、また手続き上の配慮にアクセスするための能力をすべての障害者に認めることとされた。

③ 第1回政府審査
 日本の市民社会組織は、予備審査及び事前質問事項の採択あたって国連にパラレルレポートを提出した。同条約第12条と成年後見制度については、合計4団体が報告を提出しており事前質問事項にも影響を与えた。

◆事前質問事項(政府仮訳)
11. 以下のために講じた措置についての情報を提供願いたい。
(a) 障害者が法律の前にひとしく認められる権利を制限するいかなる法律も撤廃すること。また,民法の改正によるものを含め法的枠組み及び実践を本条約に沿ったものとすること。事実上の後見制度を廃止すること。また,代替意思決定を支援付き意思決定に変えること。
(b) 法的能力の行使に当たって障害者が必要とする支援を障害者に提供すること。
(c) 全ての障害者が法律の前にひとしく認められる権利及び意思決定のための支援を受ける権利について意識の向上を図ること。特に,障害者とその家族,司法の専門家,政策立案者及び障害者のためにあるいは障害者と共に行動するサービス提供者を対象とするもの。
 今後は、日本政府として事前質問事項に回答を出し、建設的対話を経て総括所見で勧告がまとめられる見込みである。ここでは、少なくとも同条約の啓発の機会としての研修が求められていることがわかる。

2 研修の講師
 研修の講師は、障害当事者が担うべきである。とくに上述の事項に関しては、障害者の権利に関する条約の政府審査にかかわった障害当事者が望ましい。

3 意思決定支援研修の位置づけ
 意思決定支援研修においては、国際的な連帯の下にある障害者運動と国連障害者の権利に関する委員会の解釈に従ったかたちで構築される必要がある。
 また、意思決定支援を規定した障害者基本法をはじめとする障害者施策の動向(自立支援法違憲訴訟基本合意など)や障害者運動の歴史について言及されるべきである。
 我が国では、成年後見人による意思決定支援が検討されているが、多くの先進諸国では、成年後見制度に補充性要件が設けられていて、成年後見制度の代替手段として意思決定支援が用いられている。このことについても言及されるべきである。

4 交渉過程及び一般的意見を参考にすること
 条約法に関するウィーン条約によると政府には誠実な解釈が求められており(第31条第1項)、交渉過程や一般的意見を参考にしながら解釈される必要がある。しかし、日本国内における先般の民法改正や意思決定支援のガイドラインは、交渉過程や一般的意見を参考にしているのかが必ずしも明らかではない。本意思決定支援研修にあたっては、交渉過程や一般的意見を参考にしながら組み立てられるべきである。

5 共同意思決定の限界
 意思決定支援において注目されているのは共同意思決定である。共同意思決定は、本人と周囲の支援者が共同で決定することで、決定に伴う負担を本人だけではなく周囲に分散していく方法である。この方法は、決定に限ってしか効果を発揮できず、決定によって生じた法律上の効力からの負担の分散までは捉えきれていない。本人や支援者が共同で決定したことに伴う法律上の効力を引き受けるのは本人だけである。支援者は、決める過程にかかわっておきながら法律上の効力には拘束されない。そのため本人と支援者は、非対称な関係に置かれることになる。長所だけではなく、短所や限界も明文で言及されるべきである。