趣 旨
このたび厚生労働省は、精神保健福祉法改正法案の第196回国会上程を事実上見送ることを決めました。非予算関連法案の閣議決定の締切日は、原則として3月13日です。この日までに厚生労働省は、精神保健福祉法改正法案の閣議決定をしなかったため、よほどのことがない限り、今国会への上程はないと考えてよいでしょう。
他方で厚生労働省は、精神保健福祉法改正法案の成立遅延に伴い、措置入院に関しては法改正を後回しにして先に運用の強化をはかる方針を決めました。ここでいう運用の強化とは、すでに法改正以前から地方公共団体が実施している退院後支援などの運用を整理することを趣旨としたものであり、法改正が趣旨とする相模原事件の再発防止策を契機とした退院後支援計画の作成義務化、警察が入る精神障害者支援地域協議会の設置とは、すべてが同じレベルで捉えられるものではありません。よって措置入院者退院後支援ガイドラインや診療報酬が法改正を先取りするものであるかのような捉え方は、必ずしも正しい理解とはいえないでしょう。
私たちは、厚生労働省の描く大きな設計図のどの部分に運用強化が位置付き、どの部分が法改正に位置付くのかなど、しっかりと見極めるとともに理解しておく必要があります。ところが、今回の法改正とガイドライン、診療報酬の関係については、運動体の中でも相当の混乱が見られます。今後、運動を進めていく上では、今、何に取り組むべきかが示された方針が必要となります。そこで、全国「精神病」者集団としては各地の闘い方の方針(ガイドライン)を作成することにしまた。
これから取り組むべきこと(概要・簡単版)
①「退院後支援は措置入院を経験した任意入院者が同意した場合に限るべきである」旨の要望書を作成して居住地の都道府県及び政令市に提出してください。
②精神障害者支援地域協議会の設置の見送りを求める要望書を作成して居住地の都道府県及び政令市に提出してください。
③もし、精神障害者支援地域協議会が設置されてしまった場合は、代表者会議に必ず精神障害当事者の団体(障害者団体)と弁護士が入るように要望し、グレーゾーン対応等の警察の介入を阻止してください。
④都道府県、市町村に対しては、障害者差別解消法の研修を精神障害当事者が担えるように働きかけをしていってください。
⑤退院後支援で警察が援助関係者として入っている仲間と出会ったときには、本人に働きかけて警察が参加できないようにして下さい。
⑥警察の接遇上の問題改善については、障害者差別解消法の研修の講師に当事者が入ることで解決し、協議会の中で独自の方法で取り決めるようなことは避けてください。
Ⅰ 共通の理解のために必要な情報
1 法改正の射程
改正法案は、相模原事件の再発防止策を契機としたもので、保健所設置自治体による退院後支援計画作成の義務化、警察が入る精神障害者支援地域協議会の設置などが規定されています。退院後支援に関する法改正の射程は、あくまで計画の義務化であって、実際の退院後支援の中身については、地方公共団体の裁量ということになります。「措置入院の運用に関するガイドライン(平成30年3月27日・障発0327第15号)」(以下、運用ガイドライン)、「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン(平成30年3月27日・障発0327第16号)」(以下、退院後支援ガイドライン)は、法改正とは区別が必要です。なお、退院後支援ガイドラインは、拘束力のない技術的助言(地方自治法第245条の4第1項)であり、運用ガイドラインは、一部を除き処理基準(地方自治法第245条の9第1項)となります。
私たちにとっては、退院後支援よりも精神障害者支援地域協議会の方が問題で、法改正後に都道府県等にグレーゾーン対応などの方針作成を求める運用通知が出される予定となっています。こちらは、ガイドラインのような拘束力のない技術的助言とは異なり、いわゆる拘束力のある通知に該当します。
2 退院後支援の中身について
全国の都道府県及び政令指定都市計67カ所中、法改正以前から措置入院者退院後支援を実施している自治体が59カ所、実施していない自治体が8カ所あり、退院後支援を実施している自治体のうち3カ所が援助関係者として警察官を入れています。また、明文化されたルールがある自治体が7自治体、明文化されたルールがない自治体が52自治体であり、退院後支援を実施しているほとんどの自治体に明文化されたルールがないことがわかります。それでこそ、事件が発生した相模原市には事件発生以前から「措置入院者に対する支援のあり方ガイドライン」という明文化されたルールがあります。なお、事件後は対象者の範囲を拡大する修正がおこなわれました。このような地方公共団体ごとの取り組みを円滑にする目的で国は措置入院者退院後支援ガイドラインを定めることにしたわけです。
改正法案の審議では、相模原事件の再発防止策を契機とした措置入院者退院後支援(厳密には計画作成の義務化)であったため監視強化になるとの懸念がありました。しかし、ガイドラインは必ずしも法改正を前提としないため、相模原事件の再発防止策という文脈を除いた場合には、もう少し別の評価を与えていかなければならないでしょう。
3 診療報酬
このたび健康保険、介護保険、障害者総合支援法のトリプル報酬改訂がおこなわれ、健康保険の診療報酬項目には、地方公共団体が措置入院者への退院後支援計画を作成した場合に病院に報酬が下りる項目が新設されました。これも相模原事件の再発防止策を契機とした法改正とは基本的に別の性格と考えてよいです。
4 グレーゾーン対応
実際の退院後支援は、法改正によらずとも可能ですが、精神障害者支援地域協議会運用通知は、法改正をしなければ発布できません。相模原事件の再発防止策を契機に出されたグレーゾーン対応は、精神障害者支援地域協議会運用通知において規定されることとなっています。グレーゾーン対応は、精神障害者支援地域協議会の代表者会議の議論を経て都道府県ごとにグレーゾーンへの対応指針を定めることとされています。グレーゾーンとは、「確固たる信念をもって犯罪を企画する者」や「違法薬物依存症者」など医療と警察の両方が関わるもので、第193回国会の議事録によると措置入院の診察時にグレーゾーンを発見した場合には都道府県が警察に情報提供することとされています。
5 措置入院運用ガイドライン
措置入院の運用には、少なからず都道府県ごとのバラツキがありました。特にどう見ても措置入院対象者ではなさそうな人が警察官通報で措置入院になっている事例が各地で散見され問題を認めました。こうした諸問題の解消を趣旨として、運用ガイドラインが定められることとなりました。
運用ガイドラインには、「Ⅷ 地域の関係者による協議の場」が定められており、精神障害者支援地域協議会の代表者会議のようなものが想定されています。とくに「困難事例への対応のあり方など運用に関する課題」の部分は、まさしくグレーゾーン対応の連続し得るものです。なお、この部分は処理基準(地方自治法第245条の9第1項)に該当しません。おそらく、本来は法改正しなければ出せない精神障害者支援地域協議会運用通知の内容を一部先取りしたために、このようなかたちになったのだと思います。
Ⅱ 各地の運動の方針
6 退院後支援に対する考えをまとめて都道府県に意見をだしていきましょう
私たちは、相模原事件の再発防止策とは別ものである「退院後支援」について都道府県・政令都市に対してなにが必要でなにが不要なのかを具体的に意見を出していく必要があります。
私たちとしては、仮に措置入院を繰り返す人に対して継続的な医療が必要な場合があると認めたとして、非自発的入院下において非同意で支援を開始することは結局のところ継続的な医療にはつながらないと考えます。なぜなら、医療の継続には自発的意志が不可欠だからです。それは、訪問看護などの方法を用いる場合でも同じです。また、訪問看護を利用していない場合、通院が途絶えた患者に対して病院が家に電話をしたり、訪問をしたりする“おせっかい”が考えられていますが、これとて同意なしで行うのならば “いらない迷惑”に過ぎないと思います。
すなわち、退院後支援を実施するには、必要としている任意入院者に対して同意を得て行なう場合に限るべきなのです。
つきましては、居住地の自治体に対して「退院後支援は任意入院者に同意を得た場合に限るべきである」ことを強く要求してください。
7 退院後支援における拒否の意志を支えてください
退院後支援に同意しなければ退院させない場合、あるいは同意を撤回したことを理由とした不利益な扱いをほのめかすなどのかたちで事実上、本人の意志によらない“同意”が同意として処理される可能性があります。こうした場合、地域で精神障害者の権利を支える病院職員以外の支援者が必要です。とくに精神保健領域では、患者の拒否の意志が踏まえられないことが多いため、拒否の意志を支える人が必要です。患者の本心に寄り添う支援者を獲得していってください。
8 人員配置予算・地方交付税法
2017年度予算では、退院後支援計画の作成を担う職員(PSW)を保健所に配置できる金額が地方交付税法で確保されました。この予算は、紐付きの補助金ではないため、各地方公共団体の裁量で使える予算となります。
多くの地方公共団体では、法改正されていないことを根拠に人員配置のために予算が使われませんでした。そのため、中には私たちが法改正を阻止したがゆえに人員配置が進まなかったかのような誤った意見も一部に見られました。しかし、あくまで地方交付税は地方公共団体の裁量で使えるものであるため、地方公共団体が予算を付けない判断を下しただけに過ぎず、法改正は関係ありません。なお、例外として埼玉県のように人員配置等の予算をすべて県独自の予算を財源にしている地方公共団体もありますが、こうした地域は2018年度中に退院後支援の計画作成が盛んにおこなわれることになります。
各地の闘い方としては、退院後支援をするために人員を配置すべきか、配置するべきではないのか、民間事業者に委託するのか、あるいは退院後支援はしないけども人員配置はするのか、など運動の方針を固めて取り組んでください。人員配置にあたっての注意点は、監視にならないようにすることです。なので、監視にならないという自信がある地域以外は、無理に配置・委託しようとは考えない方がよいと思います。
9 グレーゾーン対応方針を阻止すること
仮に代表者会議が設置されてしまった場合には、グレーゾーン対応方針の作成を全力で阻止してください。グレーゾーン対応方針は、精神障害者支援地域協議会運用通知で大枠が示されることになっており、なにもしなければそのまま素通りしてしまいます。阻止するにあたっては、都道府県・政令市に対して代表者会議に精神障害当事者団体(障害者団体)と弁護士を入れるよう求めてください。とくに弁護士は警察へのカウンターパワーとして、他の職種よりは少しだけ期待できます。
私たちの立場は、グレーゾーンなど存在しないということです。グレーゾーンの理論上の弱点は、ずばり医療と警察が棲み分けながら連携して支援する必要がある人(グレーゾーン)とはどういう人であるのか、実像がわからないところにあります。法律の建前としては、精神保健指定医が精神障害に起因する他害のおそれを判断できることになっているため、疾病に由来する他害は治療によって解消されることになります。グレーゾーンとは、これに加えて「確固たる信念をもって犯罪を企画する者」や「違法薬物依存症者」などで警察が入る必要がある場合を兼ねるものとされています。しかし、治療は治療でおこない、警察は警察で動けばいいだけのことなので両者が連携する必然性はどこにもありません。そのため、わざわざグレーゾーン対応方針を作るべきではありません。このことを前面に出してグレーゾーン対応方針を阻止してください。
10 警察官の接遇改善等に取り組んでください
精神障害者支援地域協議会の代表者会議は、支援体制を協議する場であり、専ら医療と警察の関係について事前に方針を定めておくことを目的に設置されます。一部では、これによって警察の動きを抑止し、接遇改善の契機にすることが目指されています。しかし、接遇改善については、障害者虐待防止法上の研修を活用することや障害者差別解消法の研修や機能を活用することで一定の成果が見込めます。むしろ、効果的な警察職員の接遇改善は、担当者一人が出席しておこなう協議の場よりも、関係する全職員に向けて実施される研修の方が方策として妥当です。
すると、代表者会議の中で協議して方針を定める必要性もなくなります。また、法改正後に発布が予定されている精神障害者支援地域協議会運用通知にも、代表者会議に警察関係者を入れる内容を書き込む必要がなくなります。
都道府県、市町村に対しては、障害者差別解消法の研修を精神障害当事者が担えるように要望書を出すなど働きかけをしてください。
11 援助関係者として警察関係者が入ることについて
ガイドラインでは、警察関係者が退院後支援の援助関係者となる場合に本人の同意を要求しています。そもそも、警察関係者が入る場合を想定しているガイドライン自体に問題があると思います。とはいえ、すでに3自治体で警察関係者が入ってしまっているため、そうした実情を無視してガイドラインを定めることが困難だったのだと思います。ガイドライン自体は拘束力がありませんから、あとは都道府県の判断となります。
他方で、退院後支援ガイドラインには、警察関係者をこれ以上入れないために使える余地があると思います。例えば、現時点ですでに援助関係者として警察関係者が入っている退院後支援から「同意」を使って警察関係者を引き摺り下ろしていく運動を各地で展開することが可能です。ここでは、ガイドラインの賛否とは別のレベルで、実際の警察関係者の関与自体をなくしていく運動を作ることが目指されることになります。もちろん、退院後支援ガイドラインを使わないで警察関係者を引き摺り下ろす術があるのなら、それを使ってもよいと思います。いずれにせよ、警察関係者を引き摺り下ろすための個別具体的な運動を展開していく必要があります。実体として警察関係者の関与がゼロ件にまで減れば、警察関係者のくだりをガイドラインの中に残す必要性がなくなるため、ガイドラインの中から警察関係者のくだりを削ることも可能になります。
今後は、各地での取り組みが肝心になります。多くの方々と連帯して現状を変えていきたいと思っているので、よろしくお願いします。